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社説・コラム

天風録 『一枚の布』

 米大統領オバマ氏は2009年のプラハ演説で「核兵器のない世界」を訴えた。広島、長崎に原爆を落とした唯一の核保有国として行動する道義的な責任があると▲長崎原爆の日のきのう、訃報が届いた広島市東区出身のデザイナー三宅一生さんは、この演説に心揺さぶられ長年の沈黙を破った。被爆体験を米ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿し、オバマ氏に広島訪問を呼びかけた▲本紙記者に「人種差別という壁を破ったオバマ氏に、核兵器廃絶への壁も破ってほしい」と語った。自らの信念とも共鳴したよう。代表作「プリーツ・プリーズ」は1枚の布にひだを施して伸縮自在に人を包み込み、国境や階層を超えて愛される▲閃光(せんこう)を見たのは7歳の時。口癖の「服は福」には大やけどを負い3年たたずに亡くなった母の存在があったのだろうか。服は第二の皮膚。あの日の痛々しい皮膚でなく、「福」を多くの人にとの願いが込められていた▲「文化は皆で創り上げるもの。平和を求める心はそこに自(おの)ずと育つ」の言葉が残る。相手を受け入れ対話し、発想し知恵を集める。布1枚で包み込むように。いまだ果たせぬ核なき世界への道のりを重ねていたのかもしれない。

(2022年8月10日朝刊掲載)

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