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社説・コラム

天風録 『戦場に斃れる』

 ことし生誕100年。故水木しげるさんの思い入れが最も強かった自作は「総員玉砕せよ!」だという。南方の激戦地で約500人の兵士が上官に無謀な突撃を命じられ、死んでいく―。等身大の戦場体験を漫画に映した▲半世紀前の構想ノートが見つかり、新装の文庫版に収録された。執筆を前に走り書きした記憶は生々しい。敵弾を受け、苦しむ兵の遺骨代わりにと「猫の指でも切るように小指をきる」。そして生きたまま置き去りに▲爆撃、病気、ワニの餌食、自決。劇中ではさまざまな最期が描かれる。左腕を失いながら戦場を生き延びた水木さんは死んだ戦友の無念が描かせた、と語っていた。読むたび気は重くなるが目を背けることはできない▲全国戦没者追悼式の首相式辞は、昨年のそれを写したかのよう。「祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦場に斃(たお)れた方々」。定番の言い方ではくくり切れない多様で、無念極まる死にざまもあったはずだ▲「いまここに書きとどめなければ誰も知らない間に葬り去られるであろう」。構想ノートの言葉だ。水木さん同様に戦地の現実を知る人はもう少ない。埋もれた記憶を今からでも伝えるすべはないか。

(2022年8月16日朝刊掲載)

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