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社説・コラム

『書評』 沖縄戦と琉球泡盛 上野敏彦著 クース息づく平和の世

 沖縄を取材中の岡本太郎が歓迎の宴に招かれ、泡盛を所望すると一同けげんな顔をする。見れば周囲はビールかスコッチ。「こんなうまい土地の酒を、どうして飲まないのかと意地になって一人であふった」と著書「沖縄文化論」で憤っている。本土復帰の1972年のことだが、8年後に初めて沖縄を旅した評者にも似通った記憶がある。かつての泡盛は場末の居酒屋のカウンターの下から、そっと出す「安酒」だったという。

 共同通信記者だった著者は純米酒や国産ワインから京都・西陣の老舗居酒屋や宮城・塩釜の名物すし店まで、1人の人物を通じて「食」を掘り下げてきたが、今回は違う。あの沖縄戦を抜きには語れない世界。重くてグルメ向けには売り込めない―と幾つもの版元に断られながら、あえて世に問う。その鍵を握るのは古酒(クース)である。

 古酒とはどのくらい古いのか。戦前の沖縄には清の康熙年間に造られた超古酒もあったという。だが沖縄戦で「鉄の暴風」は吹き荒れ、琉球王国時代に酒造許可を得ていた「首里三箇」という地区の被害は特に大きく、古酒の多くは地中に消えてしまう。

 ゆえに平和な世でなければ古酒は生きていけない。「あの戦争さえなかったら我々は二百年、三百年という古酒を味わうことができたのではないか」と自問していたのが那覇の居酒屋「うりずん」の土屋實幸。百年ものを実際に利き酒し、古酒を集めて「クースの番人」と呼ばれた。

 だが、本書は決して土屋の独り舞台ではなく「泡盛版オール沖縄」の記録だろう。首里の咲元酒造の2代目は泡盛の醸造に欠かせぬ黒麴(くろこうじ)菌の付いたむしろを焦土に見つけ、再起につなげたばかりか他の酒蔵に分けた。ずばり「醸界飲料新聞」を名乗る地元業界紙も一枚かんでいたし、流通業者の力も侮れない。

 「世界の名酒は人を支配する酒。わが泡盛は和合の酒」という放送人上間信久の言葉は言いえて妙だ。前知事翁長雄志(おながたけし)らの泡盛を巡る逸話も読み応えがある。著者の取材力というか「酒材力」にも感服する。 (佐田尾信作・客員特別編集委員)

明石書店・2750円

(2022年8月14日朝刊掲載)

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