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社説・コラム

天風録 『呉と「目隠し」』

 戦時下の呉を描くアニメ映画「この世界の片隅に」は時代考証の徹底ぶりでも知られる。例えば主人公すずの一家が呉線に乗る場面。軍港が近づくと列車の窓のよろい戸を閉めろと求められ、線路沿いには目隠しの塀が続く▲史実である。呉海軍工廠(こうしょう)で戦艦大和の建造が始まるころ、軍港の機密を守る締め付けは強まった。映画にはすずが呉湾の艦船を高台でスケッチし、憲兵に説諭されるシーンも。重苦しい時代の空気が丁寧に再現された▲その工廠の流れをくむ呉の民間ドックで、海上自衛隊の現在地を物語る工事が続く。呉基地を母港とする護衛艦「かが」の改修である。広い甲板で最新鋭の戦闘機が発着できるよう、まず耐熱塗装などを進めるらしい▲専守防衛の理念にもとる、と批判もある「空母化」。クレーンに囲まれる工事の様子はそばの道から目に入る。ドックを見下ろす高台も盆休みにマニアが訪れ、カメラを向けていた。その昔なら説諭で済まなかったか▲防衛費の行方に思いが至る。増額ありきの空気の中で何を要求するか、予算担当者は夏休み返上かもしれない。少なくともガラス張りで、丁寧な議論を願う。機密を口実にした「目隠し」ではなく。

(2022年8月18日朝刊掲載)

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