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連載・特集

緑地帯 池田正彦 「原爆詩集」70年①

 今年は、青木書店発行の峠三吉「原爆詩集」が誕生して70年の節目に当たる。全国的に発売され、多くの読者を獲得し、現在でも読み継がれている。ある意味では希有(けう)な詩集の一つである。

 1950年6月、朝鮮戦争が勃発。国立広島療養所(現東広島市)にいた峠は米大統領トルーマンの「原爆使用も考慮」という声明に触発され、すぐ近くの原演習場の砲弾の音を聞きながら書いたといわれている。

 峠は、同年12月1日の日記に次のように記している。「原子爆弾を使用するかもしれぬとのト大統領の声明が発表せられる。広島市民からも直ちに意思表示がなされるべきだ」と。「原爆詩集」の発行は急がれた。事実、原稿を託された詩人・壺井繁治は、「そちらで大至急ガリ版ででも出して」とはがきで促され、ガリ版「原爆詩集」(表紙絵・四国五郎)を急ぎ刊行した。

 現在、ロシアによるウクライナ侵攻の中、核兵器使用の脅威が現実的なものとなっている。だが日本政府は、戦争被爆国と言いながら核兵器禁止条約には背を向けているようにみえる。

 「原爆詩集」は今なお古くなることなく、屹立(きつりつ)と存在し人類へ警笛を鳴らし続けている。

 先日、「ちちをかえせ ははをかえせ」を刻んだ峠三吉の詩碑を平和記念公園に訪ねた。詩碑の隣には被爆遺構展示館が建っていた。その影響か、「詩碑を探したが分からなかった」という声を聞いたのは残念でならなかった。 (いけだ・まさひこ 広島文学資料保全の会事務局長=広島市)

(2022年8月23日朝刊掲載)

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