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社説・コラム

社説 過去最大の防衛費要求 専守防衛 捨て去るのか

 防衛省の2023年度予算概算要求は5兆5947億円と、過去最大となる。加えて、具体的な金額を明らかにせず、ミサイル開発強化といった項目だけを示す「事項要求」が100項目に上り、さらに1兆円程度が積み増される見通しだ。最終的には、6兆円代半ばが視野に入るほど膨れ上がるという。

 ロシアのウクライナ侵攻や、台湾を巡る米国と中国の対立激化、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮…。日本周辺の安全保障環境が悪化しているのは確かだろう。全国世論調査では、防衛費の増額に理解を示す有権者は以前より増えているようだ。

 とはいえ、専守防衛という戦後日本の骨格を、危機に便乗して転換させることは許されない。「平和国家」として築き上げてきた信頼を捨て去ることが、いかに危ういか、冷静に考えなければならない。

 岸田文雄首相は、改造内閣で取り組む五つの重点分野の筆頭として、防衛力強化を挙げている。5年以内に抜本強化する方針の念頭にあるのは、安倍晋三元首相の考えのようだ。

 自民党を含む歴代の政権は、防衛費は国内総生産(GDP)比で1%以内を歯止めとしてきた。ところが安倍氏は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国並みのGDP比2%の確保が「当然だ」と主張していた。

 5年で2%まで引き上げるには毎年1兆円規模の積み上げが必要となる。懸案となる財源について、「借金」である国債発行で賄う案が自民党から出ているものの、連立を組む公明党は「基本的に税で賄うべきだ」と反対している。

 肝心の岸田首相は「必要な防衛力、予算規模、財源の確保を一体的に進める」と財源への配慮をにじませる。無理もあるまい。収入の半分近くを借金に頼っているのに、さらに借金を重ねるのは、将来世代のつけ負担を増しかねないからだ。

 概算要求に盛り込まれたのは相手の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」やドローンなどの無人機整備などだ。専守防衛を逸脱する懸念が拭えない。むしろ、逸脱させようとしているようにさえ映る。

 例えば、スタンド・オフは敵基地攻撃能力に転用が可能だ。しかも陸上自衛隊の地対艦誘導弾を改良して長射程化するうち地上発射型は早期配備に向け量産を開始するという。無人機についても、警戒監視や情報収集に加え、攻撃が可能な機体も整備するという。安全のためと言いながら、地域の緊張を高めることになってしまわないか。

 今回、防衛省内の調整で、制服組自衛官を中心とする統合幕僚監部が査定側に加わった。看過できない。政治が軍事に優越するとの「文民統制(シビリアンコントロール)」の原則が脅かされる恐れがある。軍部の暴走を許した戦前の反省を、危機の今こそ胸に刻むべきだ。

 政府は年末にかけ、外交・安全保障政策の長期指針など安保に関連する3文書の改定を進める。来月、関連の有識者会議を新設し、初会合を開く構えだ。

 防衛政策の方向性を定めるだけに、政府には幅広い視点に立った対応が求められる。力に対して力で対抗しようとすれば軍拡競争の泥沼に陥ってしまう。外交による対立解消の道も、整えておかなければならない。

(2022年8月31日朝刊掲載)

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