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連載・特集

緑地帯 池田正彦 「原爆詩集」70年⑦

 峠三吉が主宰した「われらの詩」全巻を閲覧することは長い間かなわなかった。広島の図書館においても全巻揃(そろ)わず、大変難儀をしていた。

 「われらの詩」10号(1950年12月発行)には、原爆を描いた林幸子・作「ヒロシマの空」が掲載されている。その後、「原子雲の下より」(青木書店)をはじめ幾つかの書籍に収録され、朗読されるなど多くの人に感動を与えてきた。

 「われらの詩」では「なつかしい/わたしの家の跡/井戸の中に/燃えかけの木片(きぎれ)が/浮いていた」となっている。「木片(きぎれ)」にはルビまでうたれている。ところが、「原子雲の下より」では「本庁」となっており、まったく意味不明となっている(一部では、それが「包丁」となったり、「本立て」になったりもする)。

 実際に、全国から「『本庁』はどう読むのか」という問い合わせがあった。その都度、底本を示し、納得していただいた。

 間違いをことさら嘲笑するために例をあげたのではない。もともとの底本の存在に気がつかなかったか、また底本の閲覧すらままならない事情から派生したミスではないだろうか。先人たちの残したこうした資料は、作品を読み直す基礎である。この珍事は、より多くの人が自由に閲覧できるシステムをつくることが大切だということを教えている。保管する作品・資料の充実はもちろんのこと、デジタル・アーカイブなどの整備と公開を急ぐ必要がある。 (広島文学資料保全の会事務局長=広島市)

(2022年8月31日朝刊掲載)

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