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社説・コラム

天風録 『ゴルビーの記憶』

 人情味あるギャグ漫画で知られる業田(ごうだ)良家さんは政治風刺も得意としている。30年余り前の長編「世直し源さん」も人気作だ。街の普通のおじさんが首相となって、庶民感覚で改革に挑む。看板人事は「コルハチョフ外相」▲訃報が届いたあの人そっくり。日本国籍を取り、平和外交を担う。リクルート事件で政治不信が極まったころだ。くすりと笑いつつ膝を打った若者たちは自国の政治家よりソ連最後のリーダーをよほど尊敬していたか▲「ゴルビー」と親しまれ、被爆地にも頼れる存在だった。指導者に就いた翌年の1986年に「今世紀末までに地球上の全核兵器を廃絶する」と声明を出す。絵空事とも評されたが、今から思えば時代の先取りだろう▲当のゴルバチョフ氏が広島を訪れたのはその6年後。核軍縮に道を開き、冷戦を終わらせて大統領を退いていた。被爆地入りの感想をこう口にする。「政治と道義が分裂することが、いかに恐ろしいかを意識する」と▲今のロシアを予見したかのよう。旧体制の破壊者として自国で悪評渦巻くままの旅立ちは痛ましい。米オバマ氏の前に核なき世界を看板に掲げた改革者の顔を、だからこそ深く記憶にとどめたい。

(2022年9月1日朝刊掲載)

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