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社説・コラム

『潮流』 喉元過ぎれば

■報道センター長 吉原圭介

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」「あつものに懲りてなますを吹く」。ことわざとしては表裏の意味だと思うが、いずれも愚か者を揶揄(やゆ)する感がある。ただ、ひょっとすると、どちらも賢いのかもしれない。その評価はにわかにはし難い。

 しかし、である。岸田文雄首相が次世代型原発の開発検討を指示したという報道に大方の人は驚いたのではないか。東京電力福島第1原発事故から11年。いまだ古里に帰れない人たちがいる。放射性物質を含む汚染水の処理問題も解決してはいない。この時期にエネルギー政策のかじを大きく切るのはなぜなのか。

 もちろん脱炭素への取り組みが重要なのは間違いない。それにしてもこれから原発を造れば、10年単位で時間がかかる。経済界では歓迎の声があるというが、一般人の感覚とは懸け離れているだろう。

 福島の事故に絡んでは、東京電力の旧経営陣のうち4人に13兆円余りを支払えという株主訴訟の判決があったことが記憶に新しい。もともと原発は「国策」色が強い。司法と行政の判断が違うのは当然だが、そんな状況で電力会社側も二の足を踏むのではないか。

 またウクライナでは、欧州最大のザポロジエ原発がロシアにより攻撃されている。現在のところ原子炉にまでは及んでいないが、その可能性はゼロではない。原発はこれまで「核の平和利用」と言われてきたが、いざ戦争状態になれば「軍事利用」でミサイルが撃ち込まれかねないことが明らかになった。

 報道各社は定期的に世論調査をしており、今回の次世代型原発の開発についても質問に加えられるだろう。その結果は―。「覆水盆に返らず」。岸田首相は検討指示の理由を分かりやすく、きちんと国民に説明しないと、政権のメルトダウン(溶解)につながるかもしれない。

(2022年9月1日朝刊掲載)

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