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社説・コラム

『想』 高東博視(たかとうひろみ) ヒロシマの平和の鐘

 「ゴォーン ゴォーン…」と鳴り響く鐘の音には、誰もが特別な安らぎを覚えるのではないだろうか。ヒロシマの祈りを国内外に告げる「平和の鐘」が、初めて打ち鳴らされたのは昭和22年8月6日の第1回平和祭(現平和記念式典)だった。

 初代「平和の鐘」は旧海軍払い下げの鐘を利用したが、数年後に盗まれて行方知れずに。2代目は被爆した鋳物師の有志が立ち上がり、焼け跡の金属を鋳込んで造り広島市へ寄贈した。今も当時の姿のまま、中央公園の片隅に静かに佇(たたず)んでいる。3代目と4代目は寺院から借用された。現在の鐘は5代目。五十余年前に梵鐘(ぼんしょう)造りの名人・故香取正彦氏によって制作された。

 平和式典で鳴らされる鐘の他にも、広島市には広く知られた「平和の鐘」がある。平和記念公園の一角に「広島平和悲願の鐘」と呼ばれる鐘があり、国境のない世界地図が浮き彫りにされている。世界平和記念聖堂には同じ戦禍を経験したドイツから贈られた4個の鐘があり、全てに「平和」の文字が力強く刻まれ鳴り響いている。

 一方、知る人も少なくなってきたが、平和への祈りが深く刻み込まれた鐘は、広島市内の寺院にも点在している。

 これらは戦時中の金属供出で失った鐘を再生しようと、戦後の早い時期に造られたものだ。物資のない混乱期にもかかわらず、平和を願う人々の想(おも)いが結集した鐘。数例挙げてみたい。

 多聞院(南区)の鐘は「八時の鐘」と呼ばれ、毎日8時15分に欠かさず打ち鳴らされる。鐘の周囲には「NO MORE HIROSHIMA’S」の英文が鋳込んである。正向寺(佐伯区)の鐘の縦帯には「平和之鐘」と大文字が鋳込まれ、鐘楼の傍らに原爆死没者の慰霊碑がある。市内中心部に位置する万徳寺の鐘の縦帯には「八・六の鐘」と鋳込まれ、完成当時は8時15分に毎日鳴らされていた。

 平和都市広島には、忘れられた「平和の鐘」がまだ数多くあるに違いない。これらの鐘を見つけ出し「ヒロシマの心」を後世に語り継いでいきたい。(響け!平和の鐘実行委員会代表)

(2022年9月1日朝刊セレクト掲載)

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