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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「海を渡り、そしてまた海を渡った」河内美穂著(現代書館)

日中のはざま 3世代の声

 大学時代に中国語を専攻した縁で、中国からの帰国者に日本語を教えるボランティアに加わっていた一時期がある。記者になりたての20代。今思えば恥ずかしくなるほど浅薄だった。

 せっかく覚えた中国語を生かしたいという程度の動機。帰国者やその家族がなぜ広島にも存在するのか、彼らが背負っている歴史には、思いが及んでいなかった。

 そんな苦い記憶を、本書に呼び覚まされた。広島市出身のノンフィクション作家河内美穂さんによる初めての小説作品である。

 日本の敗戦後、旧満州(中国東北部)で中国人夫婦に拾われて育った「中国残留孤児」の王春連(ワンチュンリエン)(八重)、その娘の蒼紅梅(ツァンホンメイ)(奈那子)、孫娘の楊柳(ヤンリュウ)(睦美)。二つの名前を持ち、今は日本で暮らす3世代の来し方が、それぞれの目線でつづられる。

 中国では「日本鬼子(リーベングイズ)」とさげすまれ、文化大革命で過酷な弾圧にさらされた春連。医師を志すも生まれを理由にかなわず、今は日本で医療支援通訳として生きる紅梅。柳の兄は日本で壮絶ないじめに遭い、学校からも社会からもはじき出されてしまう。歴史に振り回されながら日中のはざまでしなやかに闘う3人の語りは、侵略戦争が生んだ不条理を浮き彫りにする。

 通訳・翻訳家としても活躍する著者は、1980年代から残留孤児の声を聞き、記録してきた。その時「とりこぼしてしまった」と感じた「語られなかった言葉」を、「地べたに鼻をつけるようにして拾い集めた」のが本書だという。

 向き合うべき現実は重いが、読後感はすがすがしい。3人の背後にいるあまたの「海を渡った」人々に、思いを致すための物語である。

これも!

①井出孫六著「終わりなき旅」(岩波現代文庫)
②城戸久枝著「あの戦争から遠く離れて」(情報センター出版局)
③江成常夫著「シャオハイの満洲」(論創社)

(2022年9月5日朝刊掲載)

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