×

社説・コラム

天風録 『双葉町の墓』

 放射線量を気にしつつある寺の墓地を訪ねた記憶は鮮やかだ。原発事故の2年後、特に許可を得て立ち入り禁止の福島県双葉町に入った。この近くで明治の世を目前に戦死し、葬られた広島藩の若き武士の墓に参るために▲その名前は高間省三。農民中心の部隊を率いて戊辰戦争に身を投じ、銃弾を受けた。全町避難で無人の寺は時が止まったよう。周りの墓は地震で倒れたままなのに省三の墓は無事だった▲ほかに何十人。広島の若者たちが当時、命を落とした福島の激戦地は原発事故の被災地とも重なる。あちこちの寺で長年、墓を守ってくれた人たちは古里を追われ、流浪の暮らしを強いられた。私たちはその現実を、どこまで記憶にとどめてきたか▲全町避難の唯一続いた双葉町が、ついに住民帰還の日を迎えた。除染を終えた中心部なら暮らせ、あの寺の場所も含まれるようだ。帰る人は決して多くないと聞くが、ごく普通に墓参りする光景が戻ることを祈りたい▲20歳で散った省三は小説になるなど広島で光が当たった。歴史の縁も踏まえ、先の見えない復興をもっと後押しできないか。思えば毎年の広島の平和宣言から福島の文字が消えて、ずいぶんになる。

(2022年9月4日朝刊掲載)

年別アーカイブ