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連載・特集

NPT再検討会議2022 決裂再び <5> 被爆地

核なき世界へ 試練の時

広島サミットを好機に

 4週間にわたる核拡散防止条約(NPT)再検討会議が決裂した8月26日から日付が変わったころ、静まり返った米ニューヨークの国連本部で、疲労感を漂わせたスラウビネン議長(アルゼンチン)が記者の問いかけに足を止めた。核兵器廃絶を求める広島へのメッセージを―。「人類が同じ苦しみを負うことのない社会へ、私たちの努力が報われるよう願っている」と真っすぐな視線を向けた。

現地証言重ねる

 新型コロナウイルスの流行で2020年春の当初予定が延び、異例の8月開催となった今回の会議。1日からの会期中に広島、長崎の原爆の日を迎え、各国・地域の政府代表団は連帯を示すように、演説で「ヒロシマ」「ナガサキ」に触れた。

 広島で胎内被爆した浜住治郎さん(76)=東京=たちよわいを重ねた被爆者は海を渡り、現地で証言を重ねた。日本被団協は国連本部内で恒例の原爆展も開催。息絶えた幼子、廃虚と化した街…。写真パネルを通じ、77年前のあの日の惨禍を来場者の脳裏に焼き付けた。

 被爆地の訴えを受け止めるように、最終文書案には「核兵器の使用がもたらす非人道的な影響への認識を、核軍縮を進めるための取り組みと努力の基礎とすべきだ」などの記述が盛り込まれた。非人道性について、核実験被害国をはじめ、廃絶へ旗を振る核兵器非保有国が共同声明や作業文書、討議での発言で繰り返し強調した成果だった。

 一方で、非人道性の表記になお難色を示す保有国があった。「生きている間に核兵器の廃絶を」という被爆者の声に反し、核軍縮の数値目標や期限の設定は最終文書案に欠けていた。結局、ウクライナに侵攻し核兵器使用を示唆したロシアが反対し、再検討会議は2回続けて決裂。「核兵器のない世界」への成果を示せない現実が、被爆地に試練の時を告げた。

 広島市は16年に米国の現職大統領として初めてオバマ氏を、19年にはローマ教皇フランシスコを迎えた。国際社会に大きな影響力を持つ要人の相次ぐ来訪に、「核兵器のない世界」への期待が膨らんだのもつかの間、今や核軍拡へ振れつつある。再検討会議は最終文書案に「核兵器使用の脅威は冷戦のピーク時以降、かつてないほど高まっている」との深い懸念も書き込んでいた。

国の後押し役を

 来年5月には先進7カ国首脳会議(G7サミット)が広島市で開かれる。核兵器を持つ米英仏3カ国を含む首脳がそろって平和記念公園(中区)を訪れる可能性がある。国際社会に核兵器廃絶をアピールする好機となるだけに「日本が取り組むべき課題はまだある」と核兵器禁止条約を推進する非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))のフィン事務局長は被爆国政府の奮起を促す。

 その政府を後押しする役割が広島に求められている。「ほかの誰にも同じ思いをさせてはならない」という被爆者たちの声を広げ、核兵器も戦争もない世界の実現をひたすらに訴える必要性を、失敗したNPT再検討会議が強く思い起こさせた。 (小林可奈)=おわり

(2022年9月4日朝刊掲載)

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