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社説・コラム

社説 英新首相にトラス氏 核軍縮の責任忘れるな

 ジョンソン英首相の後任を決める与党・保守党の党首選は、トラス外相がスナク前財務相を破った。トラス氏はきょう、首相に就任する見通しだ。

 故サッチャー元首相、メイ前首相に続く英国史上3人目の女性首相となる。ロシアのウクライナ侵攻や深刻なインフレへの対応、スコットランドの独立運動再燃など課題は山積する。就任を喜ぶ間もなく、不祥事が続いた政権と与党の信頼回復へ素早い取り組みが迫られよう。

 党首選は、ジョンソン氏が7月に退陣表明したことに伴い実施された。新型コロナウイルス流行下にパーティーを官邸で繰り返したことなどで、ジョンソン氏は国民の支持を失った。

 党所属下院議員による予備投票ではスナク氏が5回連続首位と独走したが、トラス氏はジョンソン氏に近い勢力の後押しを得て決選投票で巻き返した。

 急がれるのは、国民生活を圧迫する深刻なインフレへの対応だ。当初減税に慎重姿勢を示したスナク氏に対し、トラス氏は大規模な減税とエネルギー供給の確保を優先課題に打ち出して支持を広げた。

 7月の消費者物価指数は前年同月比で10・1%上昇し、約40年ぶりの記録的水準にある。幅広い品目が値上がりし、光熱費は10月に8割引き上げられる予定だ。ウクライナ危機に加え、欧州連合(EU)離脱も影響した。難しいかじ取りになる。

 ウクライナへの「支援疲れ」は顕著で、賃上げを求めるストライキも頻発する。トラス氏は「政権発足後1週間以内に光熱費対策を講じる」と述べている。経済対策の成否が政権安定とともに、対ロシア政策の国際連携で引き続き主導権を発揮するための試金石となりそうだ。

 トラス氏は、対ロ強硬路線を含め外交面でジョンソン政権の方針を引き継ぐとみられる。しかし、2021年に表明した核兵器の増強政策は速やかに見直さねばならない。

 EU離脱を20年に実現させたジョンソン氏は、インド太平洋地域への関与強化を外交の柱にした。翌年には突如として核軍縮方針を見直し、核弾頭保有数の上限を180発から260発に引き上げる方針を掲げた。

 「英国をより強く、より安全に繁栄に導くものだ」と胸を張ったが、根拠は示さないまま。重要な政策判断での説明不足はジョンソン氏の特徴だった。

 確かに中ロの軍事力強化や覇権主義的な態度は目に余ったが、EU離脱後の存在感を高めるために核を利用した見方もある。到底容認できず、国際社会の反発を招いた。

 そしてウクライナ侵攻後のプーチン大統領による核使用の脅しは、理性のない為政者がいれば核抑止論が成り立たないことをはっきりさせた。トラス氏は歴代政権が冷戦終結後に取り組んできた核兵器削減の努力を受け継ぎ、進展させることで国際的な影響力を強めるべきだ。

 その上で来年、被爆地広島で「核なき世界」への道筋を議論する先進7カ国首脳会議(G7サミット)に迎えたい。

 中国をにらみジョンソン氏は日本との関係を重視した。岸田文雄首相はトラス氏とも良好な関係を維持しつつ、核兵器増強からの転換を迫り、核軍縮で具体的な責任を果たすよう働きかけなければならない。

(2022年9月6日朝刊掲載)

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