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[考 国葬] 映画監督 想田和弘氏 民主主義の弱体化招く

 僕は誰の国葬にも反対する。そもそも純粋な葬式とは違い、政治的なプロパガンダだと捉えるからだ。人の死の政治利用に他ならず、倫理的にも問題がある。

 岸田文雄首相は「民主主義を守り抜く決意を示す」と説明するが、詭弁(きべん)にしか聞こえない。国葬を決めたプロセス自体、全く民主的ではない。巨額の税金を使うのに法的根拠が薄弱で、どういう場合に国葬をするか定めた基準がない。ろくに議論もせず、権力者の独断で決められたのだ。こんな国葬をやること自体、デモクラシーを弱体化させてしまう。

 また国葬には、その人を英雄のように称揚する機能がある。安倍晋三元首相の政治的キャリアに肯定的な光ばかりを不自然に当てることになり、公正に評価するのが難しくなる。

 僕には安倍政権の影の部分ばかりが目についた。最大の問題はデモクラシーの過程を軽んじ、骨抜きにしようとしたこと。象徴的なのが2014年にあった内閣法制局の長官人事への露骨な介入だ。集団的自衛権の行使を可能にしようと、政府の憲法解釈を担う「法の番人」を自らの考えに近い人間にすげ替えた。

 重大な法律も幅広い合意を得ようともせず、数の力で通してしまった。特定秘密保護法も、「共謀罪」法も。「選挙で勝ったのだから」と白紙委任でも受けたかのような態度に見えた。今後の政策を正していくためにも、政権の功罪はきちんと総括しておくべきだ。

 安倍さんの銃撃事件を機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の政界への浸透ぶりも明らかになった。旧統一教会は夫婦別姓や同性婚を認めないよう、ロビー活動しているとされる。夫婦別姓訴訟の原告でもある僕はショックを受けたと同時に、長年の疑問が氷解したような気がした。

 世界でも夫婦同姓を義務付けている国は他にない。なのに保守系議員は抵抗を続けてきた。その奇妙なまでのかたくなさが謎だったが、旧統一教会の影響と思えば腑(ふ)に落ちる。あの集団と深い関係があったとすれば、国葬は余計にとんでもないという感じがする。

 民主主義の弱体化は政治家だけの責任ではない。政治に無関心な主権者にも原因がある。だから僕は自分にできる発言を続けたい。政府が学校や企業に国葬での黙とうを要請するかどうか検討中だと報じられた際は、ツイッターで黙とうの時間の過ごし方を募った。

 最も多かったのが「(森友学園を巡る財務省の公文書改ざん問題で自死した)赤木俊夫さんを追悼する」。「原爆の日でも要請しないのに論外だ」という声もあった。要請こそ見送られたが、国葬は世論の反対をよそに行われるだろう。僕は通常通りの一日を過ごすつもりだ。(聞き手は編集委員・田中美千子)

そうだ・かずひろ
 70年栃木県足利市生まれ。東京大卒業後に渡米し、映像制作を学ぶ。ドキュメンタリーを手がけ、代表作に「選挙」など。米国で別姓のまま結婚した妻との婚姻関係を戸籍上も認めるよう求める訴訟などを国を相手に起こした。瀬戸内市在住。

(2022年9月7日朝刊掲載)

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