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[考 国葬] 広島大大学院准教授 川口広美氏 国民に諦め感 熟議必要

 安倍晋三元首相の国葬を巡る論点はいくつかあるが、手続きの面が気になる。国葬、内閣葬、国民葬と選択肢がある中で、いきなり国葬に決まった。決定していくプロセスも、国葬に決めた理由も不透明だ。

 一番気になるのは、「どうせ何を言ってもやるんでしょ」という雰囲気があること。なぜ国民葬では駄目なのか、内閣葬では駄目なのかと言っても、「ここまできたら国葬でやります」「もう外国の人を呼んでいるしね」みたいな感じで強行突破すると、みんなが思ってしまう。学生にも「自分たちが考えようと考えまいと関係ない」と思わせていないだろうか。政治的無関心に向かったり、分断が生まれたりしてしまう。

 政治的な意思決定は即断、スピード感が求められることもある。新型コロナウイルス対策なんて、最初の段階は即断しないといけない部分があったと思うが、国葬については議論ができる余裕がなかったのか。国葬の定義をどうするか、法的根拠はどうなのかをもう少し詰めていれば状況は違ったのかなと思う。

 仮に即断が必要な場面であっても、ある程度重要なデータは共有しないと国民の理解は得られないと思う。国葬を即断しないといけない理由があったのなら、ちゃんと出してよと言いたい。

 私は学校教育や教師教育を研究している。生徒にきちんと説明し、重要性をできるだけ共有しながら授業や学校のことを決めるのを大事にしている。学校や授業を民主的な空間にしていくためだ。政治も同じで、偉い人が決めてくれたから、それに従っていればいいという形ではなく、相互に自分たちでつくるものと思ってほしい。政治家はしっかりと国民に説明し、対話を失わないでほしい。

 今回の国葬の問題を見ていると「オリンピック再び」という感じがする。昨夏の東京五輪・パラリンピックでは、コロナ禍での開催に否定的な国民も多かったが、政治家による説明は十分ではないと受け止められていたように思う。「五輪が始まったらどうせ国民は夢中になる」という声が政権内にあると報道され、腹が立った。

 国葬についても「やってしまえば外国から参列者がたくさん来て、安倍さんはすごい人だったんだとなるでしょ。結果が良ければ全部いいじゃん」と思っているのではないか。

 同意はできない人でも、こういう根拠で国葬になったんだなと理解できるようにしてほしい。熟議と対話が必要だ。岸田文雄首相は最後まで話し合う姿勢を見せてほしい。逃げ切ったら終わりという諦めの感覚が政治家にも市民にもないように変わっていくといいと思う。(聞き手は編集委員・荒木紀貴)

かわぐち・ひろみ
 82年熊本市生まれ。広島大大学院を修了後、滋賀大准教授などを経て広島大大学院人間社会科学研究科准教授。専門は社会科教育学。

(2022年9月8日朝刊掲載)

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