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[考 国葬] 日本財団会長 笹川陽平氏 弔問外交の場 生かして

 安倍晋三さんは、国際社会で日本の存在感を高めた希有(けう)な首相だった。誇るべき政治家を失った悲しみの中での国葬。費用の多い少ないや、葬儀の在り方を議論することは大いなる誤りだと思う。

 私は日本財団の活動として、ハンセン病の医療支援や差別撲滅に向けて40年以上、世界各地の療養所を訪問してきた。現地の人との会話では「日本の首相の名前は忘れたよ。1年で代わるから覚えもしない」という笑い話がしばしば出た。国の弱体化を間接的に表していると思いながら聞いていた。

 その中で、安倍さんは憲政史上最長の7年8カ月にわたり首相の重責を担った。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げ、「自由で開かれたインド太平洋」構想を唱えるなどし、国際政治で高い評価を受けた。「ABE(アベ)」という名は世界中で知られている。それは日本の存在感を高めていた。

 完全無欠な人なんていない。糾弾されるべきことはあっても、全体として安倍さんを評価しないと判断を誤ってしまう。今後は安倍さんの業績をよく勉強して、スケールの大きい指導者が出てくることを望む。そうでなくては、日本は世界から忘れられていく。

 銃撃事件で亡くなった直後から、約260の国や地域、国際機関の弔意が政府に寄せられた。インドやブラジルなどでは、国として喪に服してくれた。それに応えるためにも、岸田文雄首相が国葬の実施を決めたのは当然のことだろう。

 国葬は弔問外交の場である。岸田首相が会ったことがない人も海外から来るだろう。面識のないところに理解はない。「私は日本国の首相でございます」で始まる議論では形式的な話しかできない。安倍さんの築いた外交を受け継ぎ、強化してほしい。

 ロシアによるウクライナ侵攻などを受け、国際情勢は厳しさを増している。中国と台湾の緊張、北朝鮮の問題など解決すべき課題は多い。食料や経済の安全保障の問題もある。外交の強化は欠かせない。しっかりと議論されるべきことだが、国葬に関する議論に終始している。ある種の鎖国状態になっていることに驚きを禁じ得ない。

 27日の国葬当日、静かな環境で安倍さんを悼む状況にならなければ、それは日本の恥を海外に知らしめることになるのではないか。いかがなものか。私は万障繰り合わせて当然出席する。安倍さんの御霊(みたま)に感謝し、これからの日本の平和を心より祈りたい。(聞き手は山本庸平)

ささかわ・ようへい
 39年東京都生まれ。明治大政治経済学部卒。日本船舶振興会(現日本財団)の活動に81年から携わり、05年から現職。世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧大使、ミャンマー国民和解担当の日本政府代表も務める。

(2022年9月10日朝刊掲載)

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