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連載・特集

NPT会議決裂 どうみる 歴代取材記者座談会

条約体制 後退させる保有国 金崎

被爆者の焦りや怒り共有を 田中

市民社会の意見に耳傾けて 小林

 米ニューヨークの国連本部で8月1~26日にあり、決裂に終わった10回目の核拡散防止条約(NPT)再検討会議を、中国新聞報道センター社会担当の小林可奈記者が約1カ月にわたり現地に滞在して取材した。やはり決裂した2015年の前回は田中美千子編集委員、最終文書を採択した10年の前々回はヒロシマ平和メディアセンターの金崎由美センター長が派遣された。歴代の担当記者3人が広島市中区の中国新聞ビルで会議を振り返り、今後の被爆地の役割を展望した。

■交渉を振り返って

 小林 ロシアのウクライナ侵攻や核兵器禁止条約を巡る核兵器保有国と非保有国の対立で、最終文書を採択できるかどうか開幕前から危ぶまれていた。始まってからはNPT体制を維持するため2回連続の失敗は避けたいという姿勢が各国に見え、最終日の午前にはうまくいく雰囲気さえ漂っていたけど…。午後の全体会合の開始がどんどん遅れて雲行きが怪しくなり、ロシアが反対を告げた時は思わずため息が出た。

 金崎 国際社会のモメンタム(勢い)って大事。10年の時は、09年に米国のオバマ大統領が「プラハ演説」で「核兵器のない世界」を掲げたり、米国とロシアが冷却化した二国間関係の「リセット」を表明したりして、核軍縮への進展を示せるのではないかという期待感があった。直前に赤十字国際委員会(ICRC)が、核兵器のいかなる使用も非人道的な結果をもたらすという声明を出したのも注目された。

 田中 そうした機運がしぼんでいた前回もそれほど期待値は高くなかったけど、結局、中東の非核化を巡って米国がイスラエルを守る形で最終文書案に反対して決裂した。今回も、ロシアがウクライナの原発を巡る記述などに反対したのが決裂の要因とされたけど、他の保有国は本当に賛成する気があったのだろうか。素案にあった、保有国による「先制不使用」宣言の採用が削られたように、本気度が見えない。

 金崎 結局、NPT体制を重視しているのは皮肉にも核兵器禁止条約を推す非保有国のように見える。核軍縮の内容が後退していく中でも、最終文書案の採択に反対しなかったわけだから。それでも、2回続けて保有国側の反対で会議が失敗し、非保有国の怒りはさらに大きくなると思う。

 小林 それは決裂した最終日の全体会合の各国の演説に早速表れていた。禁止条約推進国のオーストリアは「NPTは核軍縮の前進にほとんど役立っていない」と痛烈に批判。一方で「核兵器のない世界」に向けた前進を各国に力強く呼びかけ、被爆国の日本が本来担うべき役割を果たしているようにも見えた。

 田中 日本政府は、岸田文雄首相が初日に演説する入れ込みようだったが、行動計画「ヒロシマ・アクション・プラン」はどう評価されたのだろうか。

 小林 採択されなかった最終文書案には、核戦力の透明性向上や核軍縮・不拡散の啓発が盛り込まれていた。

 金崎 軍縮教育や若者を被爆地に招く取り組みはいいと思うが、日本政府は「核兵器のない世界」をうたいながら、核抑止に固執していることで被爆者から批判されている「矛盾に満ちた存在」という現実も世界で認識されてこそ意味があると思う。

■取材の現場で

 小林 国連本部では、特派員としてニューヨークに常駐している記者は入れても、私のように特定の期間に限り取材許可を得た記者には制限がかかる場所があった。そのため、外交官たちとの接触の機会が限られ、取材には苦労した。通信社や在京テレビ局は複数人で取材し、会議終盤などにはさらに他の支局や東京から記者を増員したのに対し、私は1人。金崎さんや田中さんから聞いていた苦労話が身に染みて分かった。

 金崎 特に会議が終盤になると水面下で交渉していて、その場所も分からない。本当に苦労した。当時は会議に参加している外交官や非政府組織(NGO)によるSNS(交流サイト)での発信も少なかった。被爆地の視点で取材し、伝える意義は大きいと思い、必死だった。

 田中 今もそうだろうけど、最終文書案の入手は至難の業。私は、外交官たちがいるんじゃないかというホテルを割り出し、ロビーで張り込んだ。文書も「note」は「留意する」、「deplore」は「遺憾に思う」などと国連ならではの定型の訳やトーンの強弱があって。それを知らずに書いた記事が、他社の訳と違って冷や汗をかいたことがある。

■4年後の次回へ

 田中 今回も被爆者が老いをおして海を渡り、証言したりデモ行進したりした。過去に参加した広島の坪井直さん、長崎の谷口稜曄(すみてる)さんたちは相次ぎ亡くなった。原爆の残虐性を告発しながら核兵器のない世界への道筋はなお見えず、ウクライナ危機で核使用の危機が深まる現状に、被爆者の心情を思うと切なくなる。彼らの焦りや怒りを共有し、国内外に浸透させる努力を強めないといけない。

 小林 再検討会議では、被爆者を含むNGOの発言機会はとても限られ、しかも議場後方の席から。全体会合に比べ外交官の出席者も少なかった。6月にオーストリア・ウィーンで取材した核兵器禁止条約の締約国会議では、NGOと政府代表団が同じフロアで対等に発言していたのが印象的だった。再検討会議も市民社会の意見にもっと耳を傾ければ、流れが変わるのではないだろうか。

 金崎 今回、一部の非保有国とNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))が、核軍縮の数値目標や期限の設定を主張していたのが心強かった。翻って日本政府はおろか、期限の設定を強く求めるべき広島市の訴えも、その点では具体性を欠いていると思う。被爆者が少なくなる中で広島、長崎が存在感をどう高めるか、正念場だ。

核拡散防止条約(NPT)再検討会議

 1970年に発効したNPTの運用状況と核軍縮や核不拡散の方策を探るため、加盟する約190カ国・地域の政府代表が参加して原則5年に1度開かれる。今回は新型コロナウイルスの感染拡大で当初の2020年春の開催予定が延びた。10年の前々回は「核兵器のない世界」実現を決意し、64項目の行動計画を柱とする最終文書を採択した。15年の前回はNPT非加盟で核兵器を持つとされるイスラエルの非核化を念頭にした中東非核地帯構想などの項目で加盟国が対立、決裂した。今回はロシアが最終文書案に反対した。ウクライナ南部ザポロジエ原発を巡る記述などに反発したとみられる。次回は26年にある。

(2022年9月13日朝刊掲載)

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