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社説・コラム

『書評』 燃エガラからの思考 柿木伸之著 広島を問う 逆流の表現

 「殿敷が死んだんじゃ」と先輩記者が涙した30年前を思い出す。現代美術作家の殿敷侃(ただし)は忘れえぬ人。広島の小さな画廊で美術担当記者でもない評者の問いに誠実に答えてくれた彼が、やがて「黒の反逆集団」と自作に命名し、古タイヤなどを山口県立美術館の敷地にぶちまける。50歳の生涯は稲妻のようだった。

 本書を読むと、哲学者で美学者でもある柿木伸之によって殿敷にまつわる断片的な記憶がつながっていく。さらに作家原民喜と交錯していく。キーワードは「逆流」だ。民喜の言う焦土の広島「パット剝ギトッテシマッタ アトノセカイ」を正視し、それに拮抗(きっこう)しうる「逆流の表現」を芸術の概念を更新するかたちで創造していた―。柿木は幼くして広島で被爆した殿敷の生前の営みをそう読み解く。

 つらいことは早く忘れて前を向こうよ、と世間はよく言う。殿敷の営みはそのような「忘却」にはノーを突き付けた。柿木はこうも読み解く。「世界の秩序を搔き乱すことによって忘却と消費の流れを食い止め、死せるものたちが息づく場を切り開こうとしたのです」。古タイヤのような打ち捨てられた物を拾い上げる。それは死者を傍らに置いて生きることなのだろう。

 朝鮮半島で原水爆が使われかねない状況下で民喜は自死を選んだという。だがロシアのウクライナ侵攻は原発をも標的にするなど、はるかに危機的だと柿木は危ぶむ。チェコの哲学者ヤン・パトチカの言葉を引いて「震撼させられた者たちの連帯」が、今こそ求められると述べている。

 柿木が危ぶむのは被爆地広島の立ち位置も同じだ。軍都だった広島は1950年代には一転して米国による「原子力の平和利用」の宣伝の場になる。半世紀を経て迎えた大統領の訪問は「日米の絆」を演出しただろう。わが首相が引き合いに出す「唯一の戦争被爆国」という言葉はアリバイにしか聞こえず「人が暴力を免れて生きることは問われないのだ」と柿木はつづる。

 本書の副題は「記憶の交差路としての広島へ」。芸術や文学の力によって理不尽な死を遂げた者たちと生者が出会う広島でありたい。(佐田尾信作・客員特別編集委員)

インパクト出版会・2640円

(2022年9月18日朝刊掲載)

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