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社説・コラム

『潮流』 遺志を継ぐ営み

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 そろそろ、「今年もやります」と連絡が来る頃…。そう思っていた2月、突然の訃報が届いた。

 米フロリダ大構内の日本庭園を管理するマーティン・マッケラーさん。被爆者の七宝作家、田中稔子さん(83)=広島市東区=に文様をデザインしてもらい、枯れ山水に砂紋として熊手で引く活動を続けていた。享年71歳。昨年末に末期の膵臓(すいぞう)がんと診断されていたという。

 日本庭園を巡るため京都を旅行中、修学旅行生の「平和アンケート」に応じた体験が新たな平和発信の着想につながった。2020年、国連「国際平和デー」の9月21日に米国内の有志5庭園が初めて実施。昨年から北米日本庭園協会の主催行事となった。各庭園が「平和の砂紋」を引く模様などを動画収録し、ウェブ上で公開するプログラムである。

 デザインに込められた被爆者の願いを、市民が自分なりに想像しながら砂上に表現する営み。マーティンさんは、反戦運動に転じたベトナム戦争の退役軍人、難病の子と家族をはじめ、多様な背景を持つ人を巻き込み、取り組んでいた。

 学ばせてもらったことは多い。関心分野が核兵器問題ではない人たちにも、被爆者の思いと誠実に向き合ってもらう機会を原爆投下国につくった。手弁当の行事を、来年以降も持続可能な催しへと早くも育てていた。周囲に慕われた人となりあってこそだろう。

 今年の開催は日本時間の22日未明で、参加は米国とカナダ、スペインの35庭園に広がる。熊手を手にしたところで、「核兵器は必要」との認識が一気に覆ることはないかもしれない。何度となく描かれるうちに、砂紋の形は変わっていくだろう。

 それでいい。被爆体験の継承の形を、一人一人の営みに委ねたい。故人の冥福を祈りつつ、田中さんとそんな思いを共有している。

(2022年9月22日朝刊掲載)

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