×

連載・特集

緑地帯 岩崎文人 文学ノート残滴⑧

 今、手元に1998年発行の「こどものうた 童謡と唱歌」(野ばら社)がある。そこに所収されている「チューリップ」(さいた さいた チューリップの花が)のページには、教育音楽協会作詞、井上武士作曲とあり、欄外に作詞者不詳とある。今日では、この作詞者が近藤宮子であることは、よく知られているが、これも、著作権、知的財産権の意識が今ほど高くなかったころの出来事として受け止めるべきか。

 近藤宮子は、広島高等師範学校(現広島大学)国語国文科教授藤村作(つくる)と同校附属中学校、私立山中高等女学校の音楽教師季子との長女として、07年3月、広島市で生まれ、10年3月、藤村作が東京帝国大学文学部助教授となり東京に移るまで、一家は国泰寺町で過ごす。宮子は、31年4月、国文学者近藤忠義と結婚、この年日本教育音楽協会の依頼を受ける形で、「コヒノボリ」(屋根より高いコヒノボリ)、「チューリップ」などを作詞している。詳しい経緯は省くが、この作詞者が実は宮子ではなく、長い間他の人の名前となっていた。が、83年5月、76歳の近藤宮子は、「チューリップ」「コヒノボリ」等の作詞者であると、訴訟提起をする。これらの歌の作詞者が近藤宮子であるとした東京高裁の判決(「チューリップ」「コヒノボリ」等作詞主張事件)が出、確定したのは、93年3月、宮子86歳のときである。

 なお、インターネット上の海賊版対策の強化等を盛り込んだ「改正著作権法」が施行されたのは、2021年1月のことである。(ふくやま文学館館長=広島市)=おわり

(2022年9月24日朝刊掲載)

年別アーカイブ