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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <2> 春の喜びを奪ったコロナ禍

季節告げる 贈り物の風習

 冬場の東ヨーロッパで最も寒い期間には、モルドバ共和国の首都キシナウも根雪で覆われます。人々は、厳しい冬が通り過ぎるのをじっと静かに待ちます。

 そんな中、誰もが心待ちにする「マルツィショール(Martisor)」は、モルドバやルーマニアに伝わる、春の訪れを祝う風習です。2月末頃から3月に入ると、互いに簡単なプレゼントを贈り合います。そんな小さな飾り物を衣服に身に着けて歩く人も目立ち、暖かい季節の到来を喜びます。

 この時季はキシナウでも手作りの装飾品を売る露店が並びます。春を迎えることへの期待と開放感が街全体に満ちあふれるのです。

 しかし今年はマルツィショールの時季を新型コロナウイルスが襲いました。これまではごく普通と考えていたさまざまな生活様式が急変。3月17日に発表された緊急事態宣言に伴う規制措置によって、人々の交流も経済活動も、さらには学校も幼稚園なども厳しく制限されました。

 毎年春、キシナウ市内の公園ではきれいな花々が咲き誇りますが、公園や学校などの公共の場に3人以上で一緒に入ることも禁止されました。この宣言は60日間を対象に出されましたが、モルドバ国内の感染者数は現在も高水準で推移しているため、大半の規制措置が今も続いています。

 そして残念ながらモルドバでもやはり、コロナ禍の影響を最も受けているのが、社会的に弱い立場の人たちだと言われています。大使館に近い中央市場も長期間にわたり閉鎖されたためでしょうか、ほんのわずかの野菜や果物などを街角で売るお年寄りたちも増えたように感じます。

 コロナ感染を巡る情勢が日々悪化する中、日本大使館は、モルドバや近隣諸国政府による規制措置などに関する情報を収集。航空便の運航状況なども日々確認し、緊急退避のための一時帰国などを希望する日本人のお手伝いを続けました。また、日本政府はこれまでも農業や医療分野をはじめとしたさまざまな形での経済援助により、モルドバの経済社会発展の後押しをして来ていますが、現在は再び、医療機材等の供与も進めています。

 キシナウは、明るい雰囲気の中に壮麗な歴史的建造物が立ち並ぶ美しい街です。来年のマルツィショールの時季にはコロナ禍から脱して真の春を迎え、暖かい季節の到来をみんなで喜び合えることを祈るばかりです。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高校を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。被爆2世。

(2020年9月27日朝刊セレクト掲載)

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