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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <6> 稽古場は有楽町

スピーチで磨く英語力

 1990年1月末、トロント駐在を終えてカナダから帰国しました。3月には第4子の次男が生まれ、千葉県内の狭い官舎で家族6人暮らしが始まりました。

 ルーマニアでの語学研修から始まり8年余り。カナダで終わった初の海外勤務の経験を通し、痛感したことが二つありました。

 一つ目は、日本に関する様々な事柄を、外交官として外国の方々にきちんと説明できる能力を身に付ける必要があると気づきました。そこで目標に掲げたのが、通訳ガイド免許の取得です。日本を紹介する英語の書籍などを教材として勉強し、90年末に免許証を手にしました。

 もう一つは、カナダ駐在期間中に伸ばした英語力を一層向上させること。ただ、英会話学校の授業料はおおむね高額です。妻と子ども4人を養う若い国家公務員の小遣いはわずかでしたので、こちらは諦め気味でした。

 そんな時、「トーストマスターズ」という活動を知ったのです。政治や宗教などは一切関係なし。人前で効果的に発信する、いわゆるパブリックスピーキングの能力アップを目的とした会合です。

 私が所属したのは「有楽町トーストマスターズクラブ」でした。会場はJR有楽町駅前の外資系銀行の支店。月2回のペースで、毎回2時間開かれます。

 ビジネスマン、大学教授、英語教諭、外国人―。職種を超えて毎回、20数人が参加。内訳は英語を母国語とする人と日本人がおおむね半々でした。会費は半年分で2千円と記憶しています。

 クラブ入会時に受け取る教科書には、スピーチの案文の作り方や、プレゼンテーション(プレゼン)の進め方などが解説してあります。クラブでは毎回、5人が教科書の課題に応じてスピーチを準備して発表。これを評価する意見を5人がスピーチします。即興で質疑応答するセッションもあります。司会役や時間を計る役、見学者への案内振りなども含めて会合全体を総合的に評価する発表を行う役などもありました。

 役所の仕事を何とか早めに終えて、開始時刻の午後7時までに会場へ向かうのはなかなか大変でした。しかし、私は約3年半この活動に参加して全ての役割も体験し、多くのことを吸収できたと感じています。

 会合でのスピーチなどを中心に今、コミュニケーションを行う際に私が常に心掛けていることがあります。①行事の趣旨を踏まえて、私の立場で伝えるべきメッセージを明確にする②誰にも分かる言葉で案文を作り、事前に声を出して反復練習する③プレゼン時には聴衆のハートに向けてメッセージを送り届ける―の計3点です。

 ところで、クラブの会合終了後はいつも、お茶とクッキーの時間でした。私が勤務する霞ケ関とは異なる分野で活躍されているメンバーから、興味深い話を毎回聞かせていただきました。「有楽町トーストマスターズ」。コミュニケーション能力を高める楽しい稽古場でした。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高校を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。被爆2世。

(2021年1月24日朝刊セレクト掲載)

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