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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <8> 響く祝賀の音色

苦難越えて 友好深める

 モルドバ赴任を伝えられた2019年秋、新天地でぜひ楽しみたいと胸を膨らませたことがあります。それは長い歴史に培われた文化を味わうことでした。

 首都キシナウの目抜き通り沿いにはオペラ・バレエ劇場、コンサート会場、劇場が立っています。まさに古いヨーロッパの雰囲気。20年2月の着任後、市内を歩き、劇場の正面玄関脇に表示された演目を眺め、心が躍ったものです。

 ところが、その後モルドバ社会もコロナ禍に覆われました。3月中旬に導入された緊急事態宣言措置により、音楽会や芝居などの公演活動は全て禁止され、モルドバが誇る優れた文化芸術活動を鑑賞できなくなりました。中でもつらい思いをしたのは、優れた技能を披露する機会を失った芸術家たちでしょう。

 そして大使館の仕事も打撃を受けました。20年内の開催を予定していた文化行事の多くを中止せざるを得なくなり、モルドバで日本文化に関心を持ってくださる多くの人々の期待に応えられなくなりました。

 国内の感染状況が好転した年明けに私たちが望んだのは、天皇誕生日(2月23日)の祝賀行事だけはなんとしても開催したいということでした。例年通りレセプション形式での開催は感染の恐れから難しい。多方面と調整を重ねた結果、日本の現代音楽を紹介するコンサートをモルドバ国立交響楽団と共催。国営テレビで津々浦々まで放送できる道を開きました。

 同楽団は20年9月、練習場なども付設された歴史あるコンサート会場を火災で失いました。長引くコロナ禍で疲弊したモルドバの人々に追い打ちをかける悲劇でした。この苦難を乗り越えて実現したコンサート。名高い楽団がその歴史上初めて、日本政府と共催する行事ということから、必ず成功させたいという気持ちが一層強まりました。

 迎えた2月19日午後6時。君が代とモルドバ国歌の演奏の後、幕が上がりました。「モルドバの友人の方々と天皇誕生日を祝い、日本の現代音楽とモルドバの名曲を、創立八十余年の国立交響楽団による最高の演奏で楽しんでいただけることは大きな喜びです」。筆者は開催あいさつに立ち、ルーマニア語で心からの感謝を述べました。「楽団は大切なコンサート会場を失いましたが、優れた音楽家のみなさまのご尽力で、以前のような環境の下で演奏を聞かせていただける日を心待ちにしています」

 コンサートは大成功でした。日本とモルドバの音楽を組み合わせたプログラム構成も秀逸で、心の中で何度も「ブラボー」と叫ぶほどの舞台でした。

 天皇誕生日という大切な日を、モルドバで日本の現代文化の一端を紹介しながら祝えました。関係者への感謝の気持ちでいっぱいです。根雪も解けるキシナウの街で、このコンサートがモルドバに春を呼んでくれたようにも感じています。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高校を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。被爆2世。

(2021年3月28日朝刊セレクト掲載)

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