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社説・コラム

社説 安倍元首相国葬 弔意と評価 混同するな

 政府がきのう開催した安倍晋三元首相の国葬は、社会を分断した象徴として記憶されよう。世論の反対が根強かったにもかかわらず、岸田文雄首相は判断を変えなかった。

 海外要人を迎えて国内外の約4200人が参列し、会場近くの献花台では花を手向ける長い列ができた。一方で一部の野党は参列を見送り、各地で反対のデモや集会が相次いだ。中国地方からは、5県の知事や議長らが国葬に出席したものの、地元の自治体庁舎での半旗掲揚は対応が分かれた。

 選挙演説中に銃撃に倒れた死を悼み、首相の重責を憲政史上最長の8年8カ月担った安倍氏をねぎらいたい。ただ「政治家安倍晋三」への評価は国民それぞれで違う。客観的な評価は時間を要する。銃撃の衝撃がなければ、業績が大きいとして国葬とする判断に至っただろうか。

 銃撃事件のきっかけとなった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、安倍氏の関係が浮かび上がっている。国葬に疑問を持つ理由の一つだが、岸田氏は調査を棚上げしたままだ。

 岸田氏が葬儀委員長として読んだ弔辞には違和感があった。

 安倍政権の政策を手放しでたたえ、とりわけ日米同盟の強化を理由に外交と安全保障を業績として強調した。しかし、憲法解釈の転換による集団的自衛権の限定的行使の容認と安全保障法制は、平和国家を揺るがしかねない。国益にかなうかどうかの判断は、あまりに時期尚早である。

 最も首をかしげたのは、長期政権だと触れて「歴史は、その長さよりも、達成した事績によって、あなたを記憶することでしょう」と言い切った点だ。

 国葬という場で、自民党政治の価値観を押しつけるのは見過ごせない。故人への弔意を示すことと、首相としての評価を混同してはなるまい。

 安倍政権がもたらした負の側面は多い。大規模な金融緩和を進めたアベノミクスが代表だろう。今、円安や物価高という副作用に苦しむ。

 強権的で国会審議を軽んじた政策決定の手法はもちろん、公文書改ざんを招いた森友学園問題、私物化が目に余った加計学園問題、政治とカネを巡る疑惑を招き、虚偽答弁で謝罪に追い込まれた「桜を見る会」問題への批判もある。偏った評価を国民に強いることにならないか。

 日本での国葬はその時々で政治利用された経緯がある。戦後唯一、1967年にあった吉田茂元首相の国葬は、当時の佐藤栄作首相が政権基盤を固める狙いがあったとされる。価値観が多様化した現代で特定の人を特別に悼む国葬がなぜ要るのか、根本的な議論はなかった。

 岸田氏が国葬を独断で決めた経緯を踏まえれば、今回も政治利用したと言われかねない。

 共同通信の世論調査で、国葬への反対が最終的に60%を超えたのは、民主主義の手続きを軽んじたからに他ならない。法的根拠が乏しいまま閣議で決定し、国権の最高機関である国会の関与は不要と決めつけた。

 岸田氏は国民の声よりも党内の論理や政権浮揚を優先していると言わざるを得ない。努めるとした「丁寧な説明」は遅過ぎた上、従来と同じ言葉を繰り返すだけだった。失った信頼を回復するのは容易ではない。

(2022年9月28日朝刊掲載)

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