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社説・コラム

天風録 『大地の子』

 何度も見たのに毎回、涙が止まらなかった。少し前にNHKが再放送したドラマ「大地の子」。ことし漫画にもなった故山崎豊子さんの小説を基に中国残留孤児の苦難の道を描く。日中共同制作で戦後50年に初放映された▲全11回の波瀾(はらん)万丈の物語だ。終戦で取り残された「一心」は日本人ゆえ虐げられつつ苦学して技術者に。文化大革命で入獄するも育ての父の奔走で救われ、日中共同の製鉄所建設に加わる。そこに日本の父が赴任し…▲高炉の初出銑(しゅっせん)を見届けた一心が、父と抱き合う場面は特に記憶に残る。モデルの上海・宝山製鉄所は1985年に誕生した経済協力の象徴。原作もドラマも真に迫るのは、山崎さん自身が完工式の場にいたからだろう▲その前後に山崎さんは残留孤児や文革の実態などの取材を重ねる。最高指導者の胡耀邦氏にも3回会った。過去は決して忘れず未来志向の物語を紡ぐため協力し合える、いい時代だった▲きょう国交正常化50年。波乱の日中関係は悪化の一途だ。ドラマで一心が最後に選んだ道を思う。日本に戻らず中国人として辺境の製鉄所で力を尽くす―。素直に感動した頃には戻れずとも、人と人が信じ合った記憶は消えない。

(2022年9月29日朝刊掲載)

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