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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <13> マルチ外交の実際

対立乗り越え合意形成

 外交の世界には、2国間の交渉を意味する「バイ」(バイラテラル)と多国間の「マルチ」(マルチラテラル)の二つの概念があります。海外勤務から帰国した2013年1月、私は入省後初のマルチ外交を担当することになりました。

 その分野は未経験の地球環境問題。国際会議には関係省庁の担当者らも率いて私が団長として発言、交渉を行うらしい…。

 辞令を受けてからは、霞ケ関から深夜に帰宅する日々が始まりました。英文の資料を読んで専門用語を覚え、過去の交渉経緯を整理して今後の対処方針を立てる。猛勉強の日々でした。

 気候変動問題、生物多様性の保全と持続可能な利用、野生動植物や森林の保護、有害化学物質と廃棄物の問題、オゾン層保護や南極の環境保護などの課題に対しては、地球規模での取り組みが欠かせません。日本政府はこうした課題を外交の重要分野と位置付けてきました。

 ただ、地球環境の問題は経済活動など人間の営みと密接に関係しています。取り組みの内容や程度を巡って各国の意見が異なることも少なくありません。

 事実、私が代表団を率いて参加したさまざまな締約国会議(COP)でも、往々にして先進国グループと途上国グループが激しく対立しました。両陣営は早朝や深夜にそれぞれ個別に作戦会議を重ねながら、厳しい交渉を続けていきます。

 そして、交渉の最終段階となる合意文書の作成作業は、議場内のスクリーンに映し出される案文をたたき台として進みます。独特の緊張感に包まれる場面。十分な論拠を示して自国に有利な表現を求めるには、高い英語力も必須です。

 海洋にまつわる課題をマルチで議論する機会もありました。日本は四方を海に囲まれた海洋国家。エネルギーや資源の輸入のほぼ全てを海上輸送に依存しています。政府も海洋秩序の安定と維持に貢献するため、例えば海賊対処のため09年からソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦や哨戒機を派遣しています。

 海洋問題に関する国際会議のうち「ソマリア沖海賊対策コンタクトグループ(CGPCS)」と「ASEAN海洋フォーラム」など、私は計12回の国際会議で共同議長役を務めました。共同議長は会議の進行を2、3人で担当。通常は先進国と途上国の双方から選びます。多様な意見を聴取し、対立を乗り越えて議論を集約しながら会議を成功に導くことは容易ではありませんが、私にとって貴重な経験となりました。

 マルチ外交では特に体力も必要です。13年には気候変動枠組条約の第19回締約国会議(COP19)で予算交渉を担当するため11月9~23日、ポーランド・ワルシャワに滞在。その後は米ニューヨークの国連本部へ飛び、SDGsの土台となる議論が進められていた「持続可能な開発目標に関する公開作業部会」の第5回会合(同25~27日)で日本政府の立場を発表しました。

 3週間の海外出張を終えて11月末に帰国。そして週明けには直ちに準備を始めて12月4~6日に富山で開かれた日本海など北西太平洋地域の海洋環境の保護や資源管理などを目的とする枠組みの国際会議に参加しました。事前の準備も現場での交渉も本当に厳しい一連の会議でしたが、私は深い達成感を感じたことを覚えています。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。

(2021年8月22日朝刊セレクト掲載)

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