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連載・特集

[考 fromヒロシマ] 日中韓 心つなぐ平和絵本 共同出版プロジェクト 作家の浜田桂子さんに聞く

議論重ねて歴史と向き合う

 「平和絵本」プロジェクトをご存じだろうか。日本、中国、韓国3カ国の絵本作家が手をつなぎ、平和をテーマにした作品を共同出版。できた絵本はそれぞれ翻訳され、これまでに11冊が生まれた。呼び掛けたのは日本の4人。画家・絵本作家の浜田桂子さん(74)=東京都=はその一人だ。先月、講演のため広島市を訪れた浜田さんに聞いた。取り組みから得たものは―。(森田裕美)

 始まりは17年前になる。当時の小泉純一郎首相による靖国神社参拝や歴史教科書問題を巡って中国や韓国との関係が悪化していた時期。「お隣の国の人たちと平和絵本をつくれないか」。口火を切ったのは田島征三さん。「政治家でも外交官でもない一市民の絵本作家としてアジアと向き合おう」との呼び掛けに浜田さん、和歌山静子さん、故田畑精一さんが応じた。

 2005年、既知の中国人作家に手紙を書くとすぐ色よい返事が来た。続いて韓国の作家へ。だが戻ってきたのは厳しい言葉。「平和が大事って誰でも言う。歴史を直視しない表面的な平和ならやる意味はない」

 浜田さんたちはプロジェクトに込めた思いや、過去の植民地支配や侵略に対する考えを手紙に託し、「二度と戦争なんてしないという子どもたちを育てる絵本を」との狙いを伝えた。ソウルにも足を運び、協力を求めた。

 07年には3カ国の作家に編集者も加え、中国・南京に下絵を持ち寄り議論を重ねた。「かけがえのない時間だった」という。「背負っている歴史は変えられなくても、思いを共有すると国の隔たりはなくなる。人と人ってこんなにすてきにつながれるんだと思った」と浜田さんは振り返る。

 プロジェクトで最初に生まれた作品の一つが、浜田さんの「へいわってどんなこと?」(11年)。平和という抽象的な概念を、子どもに理解できるよう具体的な場面で示した絵本だ。

 制作過程では批判的な意見もあった。例えば冒頭。「へいわってどんなこと?」の問いに、当初浜田さんは「せんそうするひこうきがとんでこない」「そらからばくだんがふってこない」と書いていた。その「受け身」の表現に、「無自覚に『被害者』としての日本の平和観が出ている。日本でしか通用しない」と韓国の作家から指摘されたのだ。

 「語り手を子どもにしたから受け身で書いたつもりだったが、言われてみれば私が想像する戦争は米軍の爆撃から逃げ惑う母子の姿。旧日本軍が中国で行った無差別爆撃も知っていたのに、感覚のずれにハッとした」と浜田さん。「せんそうをしない」「ばくだんなんかおとさない」と、子どもの意思を込めた能動的な言葉に置き換えた。

 浜田さんの創作には、デビュー前から交流していた東京の被爆者たちの存在が影響しているという。被爆者の少ない地で、心ない差別や自分だけ生き残ったという悔恨にさいなまれながら体験を語る姿に心揺さぶられた。「想像力を働かせ、何らかの形で伝えていかねば」と考え続けてきた。

 その延長線上にあるプロジェクト。「絵本は共感を生み、対話を生む。小さいけれど平和のための大切な取っ掛かり」。浜田さんの作品は日中韓で読み継がれるだけでなく、香港やベトナムにも広がる。ウクライナ語で朗読もされている。3カ国ではブックフェアなどのイベントが開かれ、交流は続く。「このつながりを次世代に引き継ぎたい」

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3ヵ国で11冊 題材幅広く

旧日本軍・日中戦争・南北分断…

 3カ国の作家12人で取り組んだ「平和絵本」は、中国作家1人の作品が完成まで至らず、これまで11冊が各国で出版されている。

 日本の作品は「へいわって―」のほか、戦場で命を落とした「ぼく」の視点から戦争がもたらす悲しみや怒りを表現した田島さんの「ぼくのこえがきこえますか」。旧日本軍兵士が海の向こうで何を踏みにじったかを伝える和歌山さんの「くつがいく」。2年前に89歳で死去した田畑さんが、軍国少年だった自らの子ども時代を省み、「あの戦争とは何だったのか」を問う「さくら」がある。

 中国は、旧日本軍による南京攻略前夜を描いた「京劇がきえた日」(姚紅)をはじめ、日中戦争のさなか古都長沙で当時の中国国民党軍が起こした「長沙大火」が題材の「火城 燃える町―1938」(蔡皋・文、蔡皋・翺子・絵)、苦学して日本に留学し、学友と友情を深めた父の姿を息子が語る「父さんたちが生きた日々」(岑龍)。国や民族を超えた交流を引き裂く戦争の非道さが伝わる。

 韓国からは朝鮮半島の南北分断が題材の「非武装地帯に春がくると」(イ・オクベ)。畑を耕す暮らしが奪われる悲しみを表現したクォン・ジョンセンさんの詩をキム・ファンヨンさんが絵にした「とうきび」。日本の少女が胎内被爆者の在日韓国人女性と出会う「春姫(チュニィ)という名前の赤ちゃん」(ピョン・キジャ文、チョン・スンガク絵)。旧日本軍の慰安婦にされた女性の証言から今も世界で続く戦時性暴力の痛みを伝える「花ばぁば」(クォン・ユンドク作)が生まれた。

 日本では「花ばぁば」の出版はころから(東京)、ほかの10冊は童心社(同)から刊行されている。

(2022年10月3日朝刊掲載)

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