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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <17> 特別な時間

Xマス 家族の絆温める

 30年近い海外駐在経験を通じて、さまざまな文化や習慣を体験してきたことを幸運と感じています。特にクリスマスの季節は、宗教や文化の違いによって、それぞれの国で独特の飾り付けや祝い方があり、とても興味深いものです。

 例えば、1997年夏から4年間駐在した米ニューヨーク。毎年11月には市内のデコレーションが始まり、12月になるとクリスマス一色に染まります。五番街に近いロックフェラーセンターでの巨大なクリスマスツリーの点灯式は特に有名ですが、街の至る所にきらびやかなイルミネーションが広がり、クリスマスの買い物をする人々であふれます。

 2016年7月から3年半駐在したケニアの人々にとっても、クリスマスは年に1度の大切なイベントです。12月に入ると首都ナイロビの街も色づきはじめ、20日ごろからは寮生活の学生たちはもちろん、中央官庁で働く人々も多くが帰省します。ちなみに、赤道直下で標高1800メートルのナイロビの気温は20度前後なので、雪だるまもホワイトクリスマスもない、暖かいクリスマスです。

 ケニア駐在期間中にスワヒリ語の勉強を始めました。アフリカの人々のおおらかさを感じさせる優しい響きが魅力です。1年がたった18年1月上旬、東アフリカ諸国の中で最もスワヒリ語がきれいといわれるタンザニアのザンジバル島で2週間の語学コースに参加した時も、クリスマスの余韻が残っていました。旧市街の街並みや伝統音楽など、長い歴史の中で育まれた独特の文化は素晴らしいものでした。

 このように、12月には世界各地でそれぞれの土地の宗教や文化、習慣にちなみ、さまざまな飾り付けや料理などを用意してクリスマスを祝います。ただ家族みんなで過ごす点は、世界共通ではないでしょうか。

 さて、私が現在駐在しているモルドバの人々にとってクリスマスには特別な意味があります。この国の人口は270万人ほどですが、高給を求めて隣国ルーマニアや西欧諸国などに出稼ぎに出ている人々は50万人とも80万人ともいわれます。例えばイタリアでは介護職などを中心に20万人近いモルドバ人女性が働いているそうです。大学卒業後直ちに外国で就労する若者、そして、両親共に出稼ぎのため祖父母たちに育てられている子どもも非常に多いと聞きます。

 モルドバ国民の大半が信仰するキリスト教の正教では、1月7日の正教降誕祭がクリスマスです。この日を前に、多数のモルドバ人が出稼ぎ先の国々から祖国に戻ります。ニューヨークのような華やかな飾り付けなどはありませんが、出稼ぎという経済事情により離れ離れに暮らしている家族全員が集い、その絆を温め合う、年に1度のとても大切な機会。もう少しで、この特別な時間がモルドバの人々に訪れます。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。

(2021年12月26日朝刊セレクト掲載)

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