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連載・特集

モルドバ大使からの報告 片山芳宏 <18> 邦人保護の現場

ケニアでテロ 寝ず対応

 東アフリカ地域経済の中心地ケニアには多数の日本企業が事務所を構えています。留学生や国際機関に勤務する人たちも含めると在留邦人は700人を超えます。さらにサファリなどの観光地には多くの日本人観光客も訪れます。

 一方、ケニアは貧富の格差拡大や部族間対立、難民流入、違法武器取引などをも背景に、各地で凶悪犯罪や暴力事件、日常的な窃盗・強盗が発生するなど、治安上の問題も抱えています。

 2019年1月15日午後3時すぎ、大使が休暇中のため代理大使を務めていた私の執務室に警備班長が硬い表情で入ってきました。「テロ事件の発生です。日本人4人が閉じ込められています」

 ソマリアを拠点とする過激派組織アル・シャバーブの集団がナイロビ市内の高級ホテルと外国企業事務所などが入る複合施設を襲撃。死者も出ており依然大勢が建物内に取り残されていました。直ちに全大使館員を大会議室に集め、私の下に緊急対策本部を設置しました。

 突然発生した邦人救出オペレーション。外務本省のテロ対策専門家たちの助言も常時受けながら指揮を執りました。まずは政務班と警備班が情報収集に努めました。ケニア警察当局からの情報は常に有益でした。

 領事班は邦人の安否確認作業を続けると同時に、在留邦人緊急連絡網を通じて日本人学校、旅行会社、国際機関や日本商工会などへ最新情報の送信を継続。閉じ込められた駐在員4人とは経済班長が電子メールなどで連絡し合い安全確保のための指示を伝えました。報道対応は広報文化班長。緊張感で押しつぶされそうな時間が続きました。

 張り詰めた空気の中、ケニアの治安部隊突入により救出された人たちの中に邦人3人が含まれているとの情報を受けたのは午後6時前。救出後の安全確保のため大使館からは直ちに館員が同乗した防弾車を出して3人を大使不在の公邸に移送し、大使館医務官が心身両面のケアに当たりました。午後7時半ごろに救出された残る1人にも同様に対応し、私たちの必死の闘いが一段落しました。

 ただ、大使館が把握していない日本人旅行者が施設内に閉じ込められている可能性もわずかに残ります。私は翌朝まで一睡もせずに推移を見守り続けました。ようやくほっとできたのは、ケニヤッタ大統領が事態収束宣言を出した翌16日の午後でした。

 さて、私にとって初の邦人保護業務はルーマニアの日本大使館で仕事を始めた後の1983年秋の日曜日夜。ドライブの帰路にドナウ川北方の村で接触事故を起こし手詰まり状態だった夫妻を支援した時でした。私は首都ブカレストから自家用車を1時間半運転して現場に急行。ルーマニア語を駆使して事故の相手や警察官たちと交渉して示談にこぎ着けました。

 この時以降、これまでの長い海外駐在期間中にさまざまな形でこの業務に従事してきました。中には悲しい事件に接して涙したこともありました。詳しくは語れませんが、外交官人生で最もつらい記憶です。

 今日、海外に渡航する日本人は年間1700万人を超えます。海外で身を守るための心構えや具体的指針などが詳しく説明されている外務省の「海外安全ホームページ」を折に触れて確認することを強くお勧めします。

 そして、もしも渡航先で犯罪やその他のトラブルに巻き込まれたときには、ちゅうちょなく現地の大使館や総領事館に連絡してください。海外で日本人の生命・身体を危険から保護することは外交官にとって最優先任務の一つです。3年前のケニアの時と同じように、ここモルドバ共和国でも、私たちに与えられた役割を全力で果たすことをお約束します。

かたやま・よしひろ
 1957年、広島市佐伯区生まれ。廿日市高校を経て立命館大経済学部卒。80年外務省入省。ルーマニア、米ニューヨーク、ウクライナ、ケニアなどの大使館、総領事館で勤務。外務本省では地球環境問題や海賊対策を含めた海洋問題なども担当した。2020年2月から現職。被爆2世。

(2022年1月23日朝刊セレクト掲載)

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