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社説・コラム

天風録 『倍増するのは』

 池田勇人元首相は数字の8を好んだという。末広がりの「八」で験を担いだのか。組閣や内閣改造のたび、ことごとく8の付く日を選んでいる。沢木耕太郎さんの著作「危機の宰相」で知った▲安保闘争の混乱の責任を取った岸信介内閣の退陣を受けて、国会で新首相に指名されたのも1960年7月18日だった。こちらはさすがに偶然だろうが、1年後には自民党内の大物を取り込む内閣改造を断行している▲池田氏を政治の師と仰ぐ岸田文雄首相は4に縁があるようだ。きょう4日に就任1年を迎えた。昨年10月14日に衆院を解散。総選挙に勝利して好スタートを切った▲ところが、今年7月14日に安倍晋三元首相の国葬実施を発表。8月24日には原発新増設への転換を表明した。最近は国論を二分する判断が目立つ。岸氏の孫である安倍氏の1強政治を反面教師に「わが国の民主主義を守る」と誓ったはずだ。池田氏も「寛容と忍耐」を掲げていた▲師の看板政策の所得倍増も令和版を銘打ったものの、きのうの所信表明演説には見当たらない。それどころか、倍増を目指すのが防衛費にすり替わった。平和国家の土台が揺らぐことのないよう、「聞く力」こそ倍増を。

(2022年10月4日朝刊掲載)

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