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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] レストラン「ドイツ亭」 アネッテ・ヘス著/森内薫訳(河出書房新社)

「知らなかった」不作為の罪

 ドイツでは敗戦から77年以上たった今も、ユダヤ人たちの大量虐殺に関わったナチス戦犯の裁判が続いている。先頃も、強制収容所の看守だった101歳の男性に禁錮刑が言い渡されたと、外電が伝えていた。そんなニュースに触れるたび、ドイツは自らの負の歴史と真摯(しんし)に向き合う国だという印象は強まる。

 しかしかつてのドイツは違っていたことを本書で知った。ドイツの脚本家が著し、世界22カ国で翻訳されたベストセラー小説。ドイツの法廷が自国民を裁き、ドイツ人に初めて過去を直視させたともいわれるアウシュビッツ裁判(1963~65年)の史実を軸に、市井の人々の姿を描いた物語である。

 フランクフルトでポーランド語通訳として働くエーファは、レストランを営む両親と姉、弟と平穏に暮らす。実業家の恋人との結婚を夢見る若き女性だ。ある日、急な仕事が舞い込む。裁判の通訳をせよというのだ。

 何も知らず戦後を生きてきたエーファは、アウシュビッツの収容所でなされたあまりの残虐行為に驚く。「私は無実」「何も知らなかった」と逃げる被告人にいら立つ。家族や恋人に反対されながら裁判に没頭するエーファの義務感はやがて、両親の「罪」や恋人の父の心の傷を暴いていく。

 エーファがポーランドを訪ね、過去と向き合う結末は、「何もしなかった」両親を含め、「不作為」という歴史的犯罪への加担をも問う。法的責任の有無を語って終わらせるのではなく、歴史を教訓とし、未来へ責任を果たせるかどうかも突き付ける。そしてそれは、遠い昔のドイツに限った話ではない。

これも!

①深緑野分著「ベルリンは晴れているか」(ちくま文庫)
②ジャッキー・フレンチ著/さくまゆみこ訳「ヒットラーのむすめ」(鈴木出版)

(2022年10月17日朝刊掲載)

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