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連載・特集

第19回地方紙フォーラムin金沢 露の侵攻 地方から考える

 中国新聞社など全国の地方紙12社でつくる日本地方紙ネットワークは9月8、9日、金沢市の北國新聞20階ホールで「第19回地方紙フォーラムin金沢」を開いた。「ウクライナ侵攻から考える」をテーマに、初日は各社の記者がウクライナ侵攻や安全保障にまつわる取材事例を報告し、2日目は分科会で戦争に関する話題を地方発で丹念に拾い上げていくことを確認した。国際政治学者の三浦瑠麗氏が基調講演し、共同通信社ビジュアル報道局写真部の矢島崇貴氏がウクライナでの取材活動を紹介した。

12社の事例報告

中国新聞社報道センター社会担当 小林可奈記者

被爆地の発信 重み増す

 6月にオーストリア・ウィーンで核兵器禁止条約第1回締約国会議、8月に米ニューヨークで核拡散防止条約(NPT)再検討会議を取材した。いずれも新型コロナウイルス禍で開催が延期され、核超大国ロシアによるウクライナ侵攻さなかの討議となった。

 核軍拡への懸念が国際社会を覆う中、大切にしたのは核兵器廃絶に向けた揺るがない被爆地の視点だ。核兵器の非人道性を訴える被爆者の声を伝え、「核兵器のない世界」を掲げながら「核の傘」の下にいる日本政府の矛盾を突いた。

 各国の発言からは被爆地の果たす役割の大きさも感じた。来年、先進7カ国首脳会議(G7サミット)を迎える広島からの発信が重みを増すのは間違いない。

山陽新聞社編集局報道部 南原久人記者

AMDAの活動に密着

 岡山市に本部を置く国際医療ボランティア団体のAMDA(アムダ)は、ロシアのウクライナ侵攻直後から隣国ハンガリーに入り、ウクライナからの避難民支援に当たっている。紙面では、その活動をつぶさに追い、帰国した医師らに現地の実情を聞くなどして戦争の悲惨さを伝えてきた。

 メンバーの一人は、懸命に生きようとする避難民の姿を語ってくれた。総動員令で父親の出国が認められず、ほとんどは母子のみでの避難。母親は気丈に振る舞い、子どもは状況に薄々気付きながらも屈託のない笑顔を見せたという。

 遠く離れた地での出来事ではあるが、こうした実態を報道することが、読者の共感を生み、支援の輪を広げることにつながるはずだ。

高知新聞社報道部 八田大輔記者

元残留孤児 言葉伝える

 敗戦で中国大陸に取り残され、異国での逃避行を経て帰国した高知県内の元中国残留孤児は平均年齢が80歳を超えた。入院や要介護状態の人も多い。

 そうした中、3年にわたり1人の元孤児の自伝編集を手伝い、2020年の出版を紙面で紹介した。校正などの作業中、「知ってほしい」という思いがひしひしと伝わってきた。

 別の元孤児の夫も手記をまとめたいという。聞けば、戦争と国家のはざまで翻弄(ほんろう)され続けた人生。「伝え、残したいが手段がない」という焦りがにじんでいた。

 日本語が滑らかでない元孤児らへの取材は対面が基本。しかし、新型コロナ下で顔を合わすことさえ難しい。戦後77年。彼らの言葉を伝える工夫を急ぎたい。

熊本日日新聞社地域報道本部社会担当 中原功一朗記者

援助の偏り 浮き彫りに

 熊本へ4月に避難したアフガニスタン人一家7人の取材を続けている。かつて日本に留学した父親がイスラム主義組織タリバンに死刑を宣告され、逃れてきた。

 母国からの逃避行や、縁もゆかりもない熊本での生活、渡航を支えた団体や身元保証人の動きをニュースや連載で報じた。見えてきたのは、ウクライナ避難民への手厚さに比べ、他の情勢不安定な国・地域の人を支える制度や関わりが乏しい日本社会の課題である。

 特定の国だけにフォーカスせず、身近に暮らす外国の人たちの生活や困り事を丁寧に取材できれば、熊本という地方からでも国際秩序の今に触れられるはずだ。さまざまな国の人たちの目線に立った報道の大切さを実践しながら学んでいる。

南日本新聞社報道部 山田天真記者

安保最前線 民意は二分

 米軍空母艦載機陸上離着陸訓練(FCLP)移転と自衛隊基地整備計画が進む鹿児島県西之表市馬毛島や、日米共同訓練が繰り返される奄美など、国の安全保障政策のもとで南西諸島の様相は刻々と変化する。生活への影響の懸念もあり民意は賛否で二分されるが、ロシアのウクライナ侵攻で国防への関心は高まっている。

 鹿児島が「安保の最前線」に位置づけられても、各計画は東京や日米間で決まる。地元の声は反映されにくく、物事が頭越しに進みやるせなさを感じることも多い。安保関連のニュースが連日続き、紙面の扱いが相対的に小さくなる場合もあるが、読者に少しでも問題意識を持ち続けてもらえるよう、生活に直結するような情報を届けたい。

神戸新聞社北播総局小野支局 杉山雅崇記者

埋もれた戦争被害発掘

 太平洋戦争末期、兵庫県加東市下滝野が空襲された事実を、体験者の聞き取りや日米両軍の資料から解き明かし、「知られざる空襲」と題する連載企画に取り組んだ。

 住民2人が亡くなるという、農村部では数少ない空襲にもかかわらず、十分な調査や継承が行われていなかった。町史の記述を取っ掛かりに、来襲した米軍部隊の動向や被害の実像を丹念に調査し、無差別攻撃で住民が巻き添えになった事実を明らかにした。

 連載のほか、ツイッターを活用した企画も展開したところ地元から大きな反響があり、関連記事をまとめた冊子も発行された。埋もれた戦争被害を発掘し、次代に継承する地方紙の役割の大きさを実感した。

河北新報社報道部 勅使河原奨治記者

風化させない工夫必要

 戦災と震災は似ている。庶民の暮らしを根こそぎ奪ってしまうからだ。時間とともに「飽き」が生じてしまう点でも共通する。

 震災報道を通じて、飽きられずに伝えるには「わがこと」と捉えてもらう工夫が必要だと分かった。「2万人が犠牲になった震災が1回」ではなく「1人の犠牲が2万回」という視点で報じることで、少しでも「わがこと」と感じてもらえるはずだ。

 「忘れてはいけない」という言葉を掘り下げることも重要だ。被害そのものだけでなく、戦争や震災、原発事故の原因になる経済最優先や組織内の忖度(そんたく)、異論を排除する風潮などに着目すれば、テーマを変えても教訓を伝えられる。飽きられない報道にもつながる。

新潟日報社報道部 横山志保記者

避難民の話 悲惨さ実感

 ロシアによるウクライナ侵攻後、キーウから避難して新潟県内の大学院に留学した女性を4月に取材した。その縁から5月中旬、女性を講師にウクライナについての社内講演会を開催した。

 講演会では、ウクライナの歴史や言語、文化などについて幅広く話してもらった。当時は連日のように紙面でウクライナの状況を報じていたが、どんな歴史的、文化的背景があるのか、ほとんど知らなかったことを痛感した。当事者の話を聞くことで、より戦争の悲惨さを実感できた。

 戦地に取材に行くことはできなくても、ウクライナから避難してきた人をはじめ、地域に暮らす当事者の声を聞き、報道することから取り組んでいきたい。

信濃毎日新聞社松本本社報道部 野村阿悠子記者

支援継続へ心を動かす

 長野県松本市のNPO法人「日本チェルノブイリ連帯基金」はロシアによる侵攻直後から寄付金を募り、ウクライナ避難民へ生活物資などを送る支援をしている。

 基金は旧ソ連時代にウクライナで起きた原発事故を受け設立。被災地で医療支援をしてきた。信濃毎日新聞は今回の活動もいち早く紙面で紹介。「信州にいながら、できることはある」と思ってもらえるような報道を続けてきた。

 ただ、侵攻開始から半年以上たち、集まった寄付金は4月の約1700万円から、7月は約700万円に減少。侵攻への関心が薄れ始めている。地元紙として今こそ知恵を絞って、読者の心を動かすような記事を出し続けることが大切だと感じている。

静岡新聞社社会部 中川琳記者

起きた理由に目向ける

 第2次世界大戦でも、今起きているロシアとウクライナの戦争でも犠牲を強いられるのはいつも市民だった。シベリア抑留者、静岡在住のロシア人、ウクライナからの避難民。それぞれの体験、思いからは戦争の不条理や悲惨さが伝わる。

 「ロシア人はこの戦争の一部だ」。憤りをあらわにしたウクライナ避難民の言葉は、両国間に生まれた禍根の深さを物語っていた。

 読者に戦争を自分ごととして捉えてもらうために、県内関係者の発掘や長期的な視点での取材は不可欠だ。

 起きた理由にも目を向ける必要がある。大切なのは、戦争が起きない社会、起こさせないために何をすべきか、だろう。読者とともに考えていけるような記事を書いていきたい。

北國新聞社小松支社長 吉免宏樹記者

「基地の街」丁寧に追う

 日本海側で唯一の戦闘機部隊を持つ航空自衛隊小松基地(石川県小松市)で1月、F15戦闘機の墜落事故が起き、操縦士2人が亡くなった。基地は事故後、飛行訓練を見合わせたが、そのさなかにロシアがウクライナに侵攻した。

 地元住民から「国際情勢に一刻の猶予もない」と早期の訓練再開を望む声が出た一方で、「事故原因の究明が先だ」と慎重な声も聞かれた。小松市は安全確保策を確認した上で再開を認める判断に行き着き、その過程を丁寧に追った。

 国際情勢の変化を受け、「基地の街」の住民感情は揺り動かされた。ウクライナ情勢は対岸の火事ではない。住民が戦争や平和について考える機会を提供できるよう努めた。

京都新聞社報道部 高山浩輔記者

抑留経験者の記憶継承

 舞鶴引揚記念館所蔵資料のユネスコ「世界の記憶」登録を機に、ウクライナで強制労働に従事した男性ら旧ソ連によるシベリア抑留経験者の取材と、引き揚げの記憶をどう継承するか、行政や市民の取り組みを追ってきた。

 記憶遺産の登録を巡っては、舞鶴引揚資料と同時に中国が南京大虐殺関係資料を登録申請したように、戦争加害と被害を巡る歴史認識の違いから国際問題にもなる。海外取材で視野が広がった。地方紙も俯瞰(ふかん)的な記事の必要性を感じる。

 抑留経験者の声はウクライナ侵攻を考える上でも非常に重みがある。減少する体験者への取材機会を大切にし、地元紙として報道を絶やさないことで史実継承を支えたい。

新たな切り口 常に模索 2分科会報告

 取材の課題やノウハウを共有するため、分科会A「揺らぐ国際秩序、地域から見つめる」と分科会B「戦争・平和、どう伝える」で、記者が意見交換した。

 分科会Aでは、言葉や文化の壁がある避難民を取材する際は配慮を尽くし、常に新しい切り口を模索する姿勢が欠かせないとの認識で一致した。

 核兵器を巡る国際会議を取材した中国新聞は「核兵器廃絶を実現するためには、被爆地の声を世界でもっと響かせる必要がある。そのための報道を続けたい」。イスラム主義組織タリバンが復権したアフガニスタンを逃れた一家を取材する熊本日日新聞は「隣に苦しんでいる人がいるという意識を強く持っていきたい」とした。

 分科会Bでは、戦争の悲惨さや平和の尊さを伝えるには、読者を飽きさせない工夫が大切だとの意見が相次いだ。戦争を知る世代が減る中、南日本新聞は「遺品など物を切り口に当時をリアルに伝えていくことを心掛けている」とした。

 地域で埋もれていた空襲の全貌を明らかにした神戸新聞は、空襲の推移をツイッターで実況中継した試みに「幅広い世代から反響があった」と紹介。他社から「他の地域で起きた空襲にも応用できるのではないか」との声があった。

目線低く現実を直視 ウクライナで取材 共同通信社の矢島崇貴氏

 5月末から7月上旬までの約40日間、ウクライナに滞在した。首都キーウは何度も空襲警報が響き、独立広場では戦死した人の追悼式が行われていた。人々は日常を取り戻したように振る舞っていたが、それは現地の人なりの侵攻に対する抵抗に見えた。

 6月上旬、前線の東部ハリコフに入った。宿泊したホテルの近くで砲撃があり、窓が激しく音をたてた。同行の通訳は風呂場の浴槽に布団を掛けて寝ていた。過去の取材では「失敗しても命は取られない」と開き直れたが、今回は判断を誤れば命の危険があり、心の持ちように悩んだ。

 ウクライナ警察はキーウの近郊ブチャで、ロシア軍に虐殺された市民の遺体の発掘現場を公開した。7人の遺体が発掘され、少なくとも1人は何かで縛られていることが分かる衝撃的な状況だった。

 遺体写真は原則として出稿しない。しかし、「たとえ世に出せなくても撮らなければ」という気持ちになり、シャッターを切った。

 侵攻の現場に入り、生々しい現実であっても目を背けず、目線を低くして、市井の人が見た戦争の話に耳を傾けることの重要さを痛感した。大切なのは関心を持ち続けることだ。ウクライナの人が一番恐れているのは、世界の関心が低下することだ。

講演 国際政治学者 三浦瑠麗氏

米にはっきり意見し 西側に新興国の声を

 8月に3年ぶりの海外で米国に行った。生活必需品などが高く、ベーグルサンドイッチとサラダ、水、コーヒーを買うと8千円くらいする。今、先進国で起きているのは生活がきつい人たちを直撃する値上げだ。

 バイデン米大統領はロシアのウクライナ侵攻に伴う制裁でエネルギー価格を上昇させ、中国との競争で自らを不利な状況に追い込んでしまった。金融制裁とエネルギー制裁は、タコが自分の足を食べているようなものだ。食べている間は栄養を取れている気がするが、それは自分の足なのでタコ自体は縮小してしまう。

 米国の経済覇権は確かに強力だ。基軸通貨ドルの決済に加え、国際銀行間通信協会(SWIFT)をはじめとする西側がコントロールできるシステムがあり、金融の中心はニューヨークにある。

 しかし、対ロ制裁によって、「アメリカリスクの方がチャイナリスクより大きいのでは」と、新興国が思い始めているとすれば問題は深刻だ。アメリカリスクとは、米主導の国際公共財に依存して生きる国にとって、それをてこにした制裁をやられると、にっちもさっちもいかなくなることだ。

 日本は西側の中で最も新興国を理解する国として、インドや東南アジア諸国連合(ASEAN)、エジプトといった国々の意見や懸念を、西側へ積極的に伝えなければいけない。日本がやらなければ中国が新興国の意見を代表することになる。中国は制裁の行方をほくそ笑んで見ているだろう。

 新興国の協力を取り付けるだけでなく、日本は同盟国の米国にきちんと意見する必要がある。それは、米ドル優位のシステムや米主導で防衛しているシーレーンなど、われわれが享受している国際公共財の影響力が低下することのないように、ということだ。

 米国主導の公共財を自ら毀損(きそん)する行為は、生活者や経済にとって大きな実害のある政策だ。だからSWIFTからの排除を、元インド準備銀行総裁のラグラム・ラジャン教授は大量破壊兵器と表現したのだ。伝家の宝刀は一度抜いてしまえば二度目の効力は乏しく、中国が関わる将来的な危機における自らの立場を弱くするであろうことも忘れてはならない。

 ロシアがこれだけ国際法に違反する戦争を行っている以上、ある程度の制裁は仕方ないが、本質は経済制裁ではなく戦場でウクライナが一定の勝利を収めることだ。より長期的視野に立った上でどこに一線を引くべきか、日本は適切に判断しなければならない。

みうら・るり
 1980年生まれ。専門は国際政治理論と比較政治。シンクタンクの山猫総合研究所代表。著書に「日本の分断」など。

日本地方紙ネットワーク代表 山岡正史・高知新聞社編集局長

もっと読者と情報共有

 ウクライナで起きていることは、私たちに何を突きつけているのでしょうか。

 ここに集まった記者の報告資料には、実に多様な取材対象と取材素材が出ています。国籍も文化も時代も超えて、人の生と死、国家と市民のありようを問うています。

 多くのことが伝えられています。その一方、まだまだ伝えられていないさまざまなことがあります。

 全国の地方紙と読者が可能な限り多くを共有し、世界と日本の次代を少しでもよくしていく。このフォーラムがそんな作用を起こせるよう願っています。

 【日本地方紙ネットワーク加盟社】
 河北新報社、新潟日報社、信濃毎日新聞社、静岡新聞社、北國新聞社、京都新聞社、神戸新聞社、山陽新聞社、中国新聞社、高知新聞社、熊本日日新聞社、南日本新聞社

(2022年10月18日朝刊掲載)

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