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社説・コラム

山口の「ゆだ苑」 八代拓・新理事長に聞く 減る被爆者 体験継承に力 ネット使い認知度向上

 山口市の県原爆被爆者支援センターゆだ苑の新理事長に5月、山口大経済学部の八代拓准教授(40)が就いた。戦後生まれは初めて。来年、創設から55年、市内の旧山口陸軍病院跡で被爆軍人の遺骨が発掘されて50年の節目を迎える中、活動の展望や課題を聞いた。(山下美波)

  ―就任から5カ月がたちました。今の思いを聞かせてください。
 生涯癒えない心の傷を負った人がいる。私は何も体験していないが、支援はできる。自分の立場を考えながら務めたい。

  ―県内で被爆者が激減しています。どう活動したいですか。
 活動の規模や在り方は変えないといけないだろう。被爆者支援を続けつつ若い世代への継承を進めたい。被爆者が元気である限り、小学生たちが直接話を聞く機会はつくり続けたい。被爆体験を聞き取ったカセットテープを電子化したり、動画をインターネットに上げたりする。被爆者がゼロになった時代に何をするかは私がきちんと考えないといけない。重要な局面だ。

  ―ゆだ苑の課題は。
 行政の補助金とさまざまな人の寄付で成り立っており、財政が潤沢でない。認知度にも問題がある。山口大の学生でも知っている人はまずいないだろう。被爆者の話をネットで公開するなどし認知度を上げたい。

  ―ゆだ苑は政治イデオロギーを排除し、団体の枠を超えて結集する「山口方式」を採ってきました。
 山口方式を変えるつもりは全くない。日本の原水爆禁止運動は1960年代に分裂した。原水爆に反対し、被爆者に手を差し伸べるべき立場の人々がイデオロギーに基づいて分裂するのは本末転倒だ。余計なトピックを出すと総花的になるので、今後も被爆者支援に重きを置いて活動する。

  ―核兵器禁止条約に日本政府は署名・批准していません。どう捉えますか。
 ゆだ苑の理事長としては望ましくないが、政治学者としては複雑だ。核拡散防止条約(NPT)がある中で、その実効性をほとんど検討しないまま理念として条約を作った形になっている。核保有国が一カ国も批准せず、核を持たない中小国が理念を掲げたに過ぎない。現実の国際政治の中で効力を発揮するかといえば、かなり疑わしい。

  ―ロシアのプーチン大統領が核兵器の使用を示唆しています。
 ゆだ苑は戦争全般に反対しており、特定の戦争に声明は出さない。政治学者として見るならば、明確に国連憲章に違反し安全保障理事会の常任理事国としては言語道断。核兵器を落として人間が住めなくなった土地を占領しても何にも使えないので、使用の可能性は合理的に考えればない。しかし、理性的な判断ができなくなった独裁者であればやりかねない。

やしろ・たく
 1982年、埼玉県生まれ。一橋大社会学部卒。東京大公共政策大学院修士課程修了後、野村総合研究所に入社。働きながら一橋大大学院法学研究科で博士号(法学)を取得し、2018年3月に退社。同年4月から山口大経済学部で教壇に立つ。専門は国際政治学。19年からゆだ苑評議員。岩本晋前理事長の誘いを受け、新理事長に就いた。幼い頃に祖父母から戦地や東京大空襲での体験を聞き、国際政治に関心を持つようになった。

(2022年10月18日朝刊掲載)

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