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連載・特集

[ヒロシマの声 NO NUKES NO WAR] たった一発 終末の世界 被爆教師 森下弘(もりした・ひろむ)さん(91)=広島市佐伯区

  ≪広島県立広島第一中学校(現国泰寺高)3年生の時、爆心地から約1・5キロの現広島市中区で閃光(せんこう)を浴び、生死をさまよう。母は自宅で被爆死。高校や大学で書を教える傍ら、平和教育や国内外での証言活動に尽くしてきた。≫

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 たった一発の原爆が何を引き起こしたか。広島に来て直接見なさいと、プーチン大統領に言いたい。私は最愛の母を奪われた。この顔を、手足を焼かれた。放射線に体をむしばまれ、命を絶たれた人もいる。私の叔母がそうだ。人類はヒロシマ、ナガサキから「三たび許してはならない」と学んだのではなかったか。

 私は当時14歳。空襲に備えた防火帯を造る「建物疎開」の作業に動員されていた。いつものように母に見送られ、約70人の同級生と現場に整列した直後、原爆がさく裂。その瞬間、日常は地獄と化し、そこには終末の世界が広がっていた。

 多くのむごたらしい死を目撃した。近くの山からは街が丸ごと破壊されているのが見えた。小型核であっても使用はもちろん、存在そのものが許されない。

 生き永らえはしたが、顔に残った傷痕は後々まで私を苦しめた。教職に就き、結婚し、割り切ったつもりでも時折、劣等感に襲われる。子どもと接する自分は体験を語る使命がある―。そう思えるようになったのは、30代になってからだ。

 2004年、平和活動の一環でウクライナとロシアを訪ねた。あの豊かな農地や美しい古都が攻撃され、核被害の危機まで迫っている。現地の人々を思うと胸が痛む。世界の国々も話し合いより武力による威嚇に注力しており、危うさを感じる。報復の連鎖は人類を滅ぼしかねず、誰もが自分事だと捉えるべきだ。

 両国では、どの街の若者も私の証言に聞き入り、感謝を口にしてくれた。ロシアにも良心はきっとある。どうか内側から国を変えてください。(聞き手は編集委員・田中美千子)

    ◇

 ロシアが核兵器による脅しを強めている。ウクライナ東南部4州の併合を宣言し、この地が攻撃されれば使用を辞さないとの構えだ。非人道兵器の正体を知るからこそ、被爆者は訴えてきた。核兵器も戦争もない世界を―。ヒロシマの声を今こそ、世界に響かせたい。

(2022年10月20日朝刊掲載)

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