距離条件制約に反発 原爆症新認定基準 被団協など「納得いかぬ」
13年12月18日
原爆症認定基準の見直しが16日、決まった。厚生労働省は認定者数が増えるとするが、がん以外の主な病気について爆心地からの距離条件を明確化したことで、救済されない被爆者が生まれてしまうことに変わりはない。日本被団協などは「司法判断と行政認定の隔たりは埋められない」と強く反発した。(城戸収、岡田浩平)
「悔しい。死んでも死にきれない」。認定制度に代わる新たな援護策を求めてきた日本被団協の岩佐幹三代表委員(84)=千葉県船橋市=は厚労省での記者会見で歯ぎしりした。
病気を原爆のせいだと認めてほしい―。全国の被爆者は、法廷で被爆体験を語り勝訴を重ねた。だが、その成果を認定に生かす見直しにはならなかった。
広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之事務局長(71)は「距離条件を少し変えたところで実態に沿った認定にならない。納得いかない」。
見直しの議論では原爆放射線と病気との関連性(放射線起因性)をどう認めるかが焦点だったが、日本被団協が求めた起因性を重視しない制度にすることは否定された。「残留放射線や内部被曝(ひばく)を軽視する国の姿勢は変わらなかった」。もう一つの県被団協(金子一士理事長)の大越和郎事務局長(73)は憤る。
原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会によると、ことし8月に大阪地裁で勝訴した8人に、新たな方針を当てはめると認定は1人の可能性が高いという。
2009年に当時の自公政権と日本被団協が交わした集団訴訟の終結方針に端を発した今回の見直し。自民党の「被爆者救済を進める議員連盟」の寺田稔代表世話人(広島5区)は「運用を検証し、必要なら見直す」と言う。
全国弁護団の安原幸彦副団長は「これで見直しはおしまい、という国のメッセージだ」と憤る。日本被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長(81)は「今後も訴訟でしか解決できない」と話した。
約3年を策定に費やした原爆症認定制度の新たな基準は、現行制度を手直ししたにすぎない。今なお病気で苦しむ被爆者の思いに応える方策を示すことができず、今後も被爆者による訴訟が相次ぐ可能性が残った。被爆者援護法の改正を含め、本気で制度見直しに取り組まなければ根本的な解決の道はない。
厚生労働省の被爆者医療分科会では、24人の委員から「科学者として、この基準を認めるのは疑問だ」などと新たな基準案に異論が相次いだ。ただ、「被爆者の高齢化などを考えるとやむを得ない」などの指摘もあり、最終的には被爆者援護の立場を優先した。
分科会を傍聴した被爆者たちは「専門家は原爆被害を知らない」と反発した。現段階の科学的知見という物差しだけで原爆症を否定されてしまうのは、あまりにも酷である。
条件の緩和か、切り捨てか。新基準は「線引き」を明確にしたがゆえに、救えない被爆者も出てくる懸念がある。年老いた被爆者の切実な声を、訴訟という形で受け止めなければならない現実があってはならない。制度見直しに時間は残されていない。(藤村潤平)
厚生労働省の疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会が16日決めた「新しい審査の方針」の全文は次の通り。
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(1994年法律第117号)11条1項の認定にかかる審査に当たっては、被爆者援護法の精神にのっとり、より被爆者救済の立場に立ち、原因確率を改め、被爆の実態に一層即したものとするため、以下に定める方針を目安として、これを行うものとする。
第1 放射線起因性の判断
放射線起因性の要件該当性の判断は、科学的知見を基本としながら、総合的に実施するものである。
特に、被爆者救済及び審査の迅速化の見地から、現在の科学的知見として放射線被曝(ひばく)による健康影響を肯定できる範囲に加え、放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含め、次のように「積極的に認定する範囲」を設定する。
1 積極的に認定する範囲
(1)悪性腫瘍(固形がんなど)、白血病、副甲状腺機能亢進(こうしん)症
①悪性腫瘍(固形がんなど)
②白血病
③副甲状腺機能亢進症の各疾病については、
ア 被爆地点が爆心地より約3・5キロ以内である者
イ 原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2キロ以内に入市した者
ウ 原爆投下より約100時間経過後から、原爆投下より約2週間以内の期間に、爆心地から約2キロ以内の地点に1週間程度以上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定するものとする。
(2)心筋梗塞、甲状腺機能低下症、慢性肝炎・肝硬変
①心筋梗塞
②甲状腺機能低下症
③慢性肝炎・肝硬変の各疾病については、
ア 被爆地点が爆心地より約2キロ以内である者
イ 原爆投下より翌日以内に爆心地から約1キロ以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする。
(3)放射線白内障(加齢性白内障を除く)
放射線白内障(加齢性白内障を除く)については、被爆地点が爆心地より約1・5キロ以内である者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする。
これらの場合、認定の判断に当たっては、積極的に認定を行うため、申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが、客観的な資料がない場合にも、申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。
2 1に該当する場合以外の申請について
1に該当する場合以外の申請についても、申請者にかかる被曝線量、既往歴、環境因子、生活歴などを総合的に勘案して、個別にその起因性を総合的に判断するものとする。
第2 要医療性の判断
要医療性については、当該疾病などの状況に基づき、個別に判断するものとする。
第3 方針の見直し
この方針は、新しい科学的知見の集積などの状況を踏まえて随時必要な見直しを行うものとする。
(2013年12月17日朝刊掲載)
「悔しい。死んでも死にきれない」。認定制度に代わる新たな援護策を求めてきた日本被団協の岩佐幹三代表委員(84)=千葉県船橋市=は厚労省での記者会見で歯ぎしりした。
病気を原爆のせいだと認めてほしい―。全国の被爆者は、法廷で被爆体験を語り勝訴を重ねた。だが、その成果を認定に生かす見直しにはならなかった。
広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之事務局長(71)は「距離条件を少し変えたところで実態に沿った認定にならない。納得いかない」。
見直しの議論では原爆放射線と病気との関連性(放射線起因性)をどう認めるかが焦点だったが、日本被団協が求めた起因性を重視しない制度にすることは否定された。「残留放射線や内部被曝(ひばく)を軽視する国の姿勢は変わらなかった」。もう一つの県被団協(金子一士理事長)の大越和郎事務局長(73)は憤る。
原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会によると、ことし8月に大阪地裁で勝訴した8人に、新たな方針を当てはめると認定は1人の可能性が高いという。
2009年に当時の自公政権と日本被団協が交わした集団訴訟の終結方針に端を発した今回の見直し。自民党の「被爆者救済を進める議員連盟」の寺田稔代表世話人(広島5区)は「運用を検証し、必要なら見直す」と言う。
全国弁護団の安原幸彦副団長は「これで見直しはおしまい、という国のメッセージだ」と憤る。日本被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長(81)は「今後も訴訟でしか解決できない」と話した。
【解説】今後も訴訟続く可能性
約3年を策定に費やした原爆症認定制度の新たな基準は、現行制度を手直ししたにすぎない。今なお病気で苦しむ被爆者の思いに応える方策を示すことができず、今後も被爆者による訴訟が相次ぐ可能性が残った。被爆者援護法の改正を含め、本気で制度見直しに取り組まなければ根本的な解決の道はない。
厚生労働省の被爆者医療分科会では、24人の委員から「科学者として、この基準を認めるのは疑問だ」などと新たな基準案に異論が相次いだ。ただ、「被爆者の高齢化などを考えるとやむを得ない」などの指摘もあり、最終的には被爆者援護の立場を優先した。
分科会を傍聴した被爆者たちは「専門家は原爆被害を知らない」と反発した。現段階の科学的知見という物差しだけで原爆症を否定されてしまうのは、あまりにも酷である。
条件の緩和か、切り捨てか。新基準は「線引き」を明確にしたがゆえに、救えない被爆者も出てくる懸念がある。年老いた被爆者の切実な声を、訴訟という形で受け止めなければならない現実があってはならない。制度見直しに時間は残されていない。(藤村潤平)
原爆症「新しい審査の方針」(全文)
厚生労働省の疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会が16日決めた「新しい審査の方針」の全文は次の通り。
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(1994年法律第117号)11条1項の認定にかかる審査に当たっては、被爆者援護法の精神にのっとり、より被爆者救済の立場に立ち、原因確率を改め、被爆の実態に一層即したものとするため、以下に定める方針を目安として、これを行うものとする。
第1 放射線起因性の判断
放射線起因性の要件該当性の判断は、科学的知見を基本としながら、総合的に実施するものである。
特に、被爆者救済及び審査の迅速化の見地から、現在の科学的知見として放射線被曝(ひばく)による健康影響を肯定できる範囲に加え、放射線被曝による健康影響が必ずしも明らかでない範囲を含め、次のように「積極的に認定する範囲」を設定する。
1 積極的に認定する範囲
(1)悪性腫瘍(固形がんなど)、白血病、副甲状腺機能亢進(こうしん)症
①悪性腫瘍(固形がんなど)
②白血病
③副甲状腺機能亢進症の各疾病については、
ア 被爆地点が爆心地より約3・5キロ以内である者
イ 原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2キロ以内に入市した者
ウ 原爆投下より約100時間経過後から、原爆投下より約2週間以内の期間に、爆心地から約2キロ以内の地点に1週間程度以上滞在した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を原則的に認定するものとする。
(2)心筋梗塞、甲状腺機能低下症、慢性肝炎・肝硬変
①心筋梗塞
②甲状腺機能低下症
③慢性肝炎・肝硬変の各疾病については、
ア 被爆地点が爆心地より約2キロ以内である者
イ 原爆投下より翌日以内に爆心地から約1キロ以内に入市した者のいずれかに該当する者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする。
(3)放射線白内障(加齢性白内障を除く)
放射線白内障(加齢性白内障を除く)については、被爆地点が爆心地より約1・5キロ以内である者から申請がある場合については、格段に反対すべき事由がない限り、当該申請疾病と被曝した放射線との関係を積極的に認定するものとする。
これらの場合、認定の判断に当たっては、積極的に認定を行うため、申請者から可能な限り客観的な資料を求めることとするが、客観的な資料がない場合にも、申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考にしつつ判断する。
2 1に該当する場合以外の申請について
1に該当する場合以外の申請についても、申請者にかかる被曝線量、既往歴、環境因子、生活歴などを総合的に勘案して、個別にその起因性を総合的に判断するものとする。
第2 要医療性の判断
要医療性については、当該疾病などの状況に基づき、個別に判断するものとする。
第3 方針の見直し
この方針は、新しい科学的知見の集積などの状況を踏まえて随時必要な見直しを行うものとする。
(2013年12月17日朝刊掲載)