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社説・コラム

[ヒロシマの声 NO NUKES NO WAR] 核兵器ノー訴えているか ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 「わが国は多様な破壊兵器を保有している。領土保全が脅かされれば、あらゆる手段を講じる。はったりではない」。ウクライナ4州の併合を宣言したロシアのプーチン大統領は、核兵器使用を示唆しての威嚇を強めている。最悪の非人道兵器を決して使わせてはならない。ヒロシマは力の限りに「核兵器ノー」を訴えているか。

 ロシアは約8カ月前、ウクライナの親ロ派地域の「独立」を一方的に承認した後に「特別軍事作戦」を始めた。苦しい戦局や強引な兵力動員に対する国民の不満が募る中、不当な住民投票と国際法違反の4州併合を強行。ここへきて、戦いの「大義」は変質した。

 ウクライナの一部を、あらゆる手段で保全する自国領だと宣言。米国と北大西洋条約機構(NATO)をけん制し、自らを追い詰めている。「国家存続の危機」に核を1、2発使って恐怖をあおり、譲歩を引き出す―。この核戦略方針に沿い、ウクライナに向け小型核を使うのではないかとの臆測を呼んでいる。

 11日の米シンクタンク「軍備管理協会」の討論会では、米国の専門家たちがロシアの核使用リスクを念頭に議論を展開。米国務次官やNATO事務次長を務めたローズ・ガテマラー氏は「ウクライナの主権と領土、独立を脅かさない形で交渉のテーブルに持ち込み、『核の温度』を下げなければならない」と述べた。

 首脳たちの危機感も強い。米国のバイデン大統領は、旧ソ連との全面核戦争を回避した1962年10月16~29日を引き合いに「キューバ危機以来、初の核の脅威」と強調。岸田文雄首相も「核兵器不使用の歴史は継続しなければならない」と訴える。

 国際社会がロシアの核使用を強く懸念する背景に、その核戦略の構成もある。射程が短く、爆発力は主にTNT火薬で100キロトン以下相当の比較的小さく「使いやすい」とされる戦術核を推定1912発保有。通常戦力で勝るNATOに対抗するためとされ、ミサイル、魚雷など多種多様だ。

 ただ、77年前のあの日、広島市の上空600メートルでさく裂した原爆は、今や小型核に分類される15キロトンだった。たった一発で爆心地から2キロ圏を爆風や熱線で壊滅させた。放射線による健康被害は解明しきれていない。核の威力にかかわらず、もたらされる惨禍は被爆地が世界へ発信してきた。核兵器使用と、戦争を止めなければならない。

 その道筋を国際社会は示せていない。仮にウクライナに妥協を求めて停戦すれば、核を手に侵略したロシアを利する結果となる。一方、米国がロシアを止めれば、通常兵器とともに核の抑止力を評価する論調が勢いづく可能性がある。

 いずれも被爆地にとって相いれない。混迷の中で立ち返るべきは、被爆者と市民が発する「決して核の惨禍を繰り返すな」という無数の声が、使用を阻む「抑止力」であり続けてきたという事実だ。

 「77年間、戦争で核兵器は使われていない。使用のハードルを上げ、プーチン氏をも縛る『核のタブー』を築いてきたのが長崎と広島からの訴えだ」と、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の吉田文彦センター長は説く。その「タブー」を強める正念場に被爆地は立っている。

 声を届ける相手はロシアだけではない。来年5月に広島市である先進7カ国首脳会議(G7サミット)の参加国は日本を含め、核兵器禁止条約を批准していない。「被爆地に集いながら禁止条約を無視し、ロシアを非難し続けるのは許されない。市民が声を上げなければ」。NPO法人ANT(アント)―Hiroshima(中区)の渡部朋子理事長は力を込める。

 被爆者たちは被爆11年後に日本被団協を結成し「自らと人類の危機を救う」と宣言した。悲痛な決意を受け継ぎ、核兵器と戦争におびえる世界を終わらせる時だ。ヒロシマの声で。

(2022年10月20日朝刊掲載)

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