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社説・コラム

空海の教え 今こそ 来年生誕1250年 宮島の大聖院・吉田座主に聞く

 来年は弘法大師空海の生誕1250年。空海が唐(中国)への留学から帰国してすぐに開基したと伝わるのが、宮島(廿日市市)にある真言宗御室(おむろ)派大聖院だ。吉田正裕座主(62)に、今の時代だからこそ胸に刻みたい空海の三つの教えを挙げてもらった。日々を前向きに過ごす上で支えとなってくれそうな言葉ばかりだった。(山田祐)

コロナ禍で学ぶ日常のありがたさ

心暗きときは遇(あ)う所悉(ことごと)く禍(わざわ)いなり 眼(まなこ)明らかなるときは、則(すなわ)ち途(みち)に触れて皆宝なり(性霊集)  心が闇に覆われて迷いの中にいると、身の回りの出来事はみな災いに思える。心が晴れて正しく見えているときには、仏の教えに触れることができて、すべてが宝となる―という意味です。心明るく過ごしていれば幸せは舞い込んでくるものだと、お大師様(空海)は言っているのです。

 新型コロナ禍を経て、私たちは大切なことを学びました。当たり前のことが当たり前にできる喜びです。たとえば人と一緒に食事をすること。対面して話をすること。旅をすること。いずれも社会全体で制約された時期がありました。その経験を経て初めて私たちは、当たり前だった日常の尊さを知りました。

 お釈迦(しゃか)様は人生は皆苦しみであると教えています。生老病死の避けられない苦しみを念頭に置くことによって、平穏な日常こそが喜びであると受け止めることができます。でも実際には、若い時に老いについて分かるのは難しいものですし、元気なときには病や死を考えることは少ないと思います。

 日常のありがたさを、いつも忘れずにいるのは簡単なことではないですが、コロナ禍は社会全体でそれを勉強させていただきました。お大師様の言葉にあるように、「眼」を明らかに生きる契機にしたいものです。

ウクライナ侵攻 仏心と三毒を知る

仏法遥かに非(あら)ず心中にして即(すなわ)ち近し(般若心経秘鍵)

 私たちは仏様というのをずいぶん遠くの存在のように思いがちだけれども、実は誰もが自分の中に仏の心を持っている―。なかなか実感しにくいかもしれません。

 でもよく考えると、悲しんでいる人がいれば何とか助けてあげたい。人が喜んでいれば一緒に喜んであげたい。そんな心は本来誰もが持っているはずです。

 一方で、むさぼり、いかり、おろかさの「三毒」も同時に持っているのが私たちです。仏心が三毒の雲に隠されてしまうことがあります。

 連想するのがロシアによるウクライナ侵攻です。ロシアの為政者たちもきっと愛する人に対しては、すごく優しい態度で接しているのだと思います。信仰する宗教は違いますが、私たちにとっての仏心と同様の心は必ずあるはずです。

 でもむさぼりや、いかりの心が前面に出たことで、相手を思いやる心が隠され、侵攻にまで至ってしまったわけです。世界中の人々から平和を願う声が上がっても引き下がることはなく、混迷を極めた戦況に陥ってしまいました。

 人は誰しも仏心を表に出せれば仏様のようになれるし、三毒が表に出たときには鬼になってしまう。大切なのは、私たちは両面を持っていると知ることです。両面を比べるとやっぱり優しい言葉、行いを選びたくなりますよね。

家庭と地域での教育大切

物の興廃は必ず人に由(よ)る。人の昇沈は定めて道に在り(綜芸種智院式並序)

 お大師様が庶民の学校「綜芸種智院」を京都に設立したときに記した文の一部です。人の浮き沈みは必ず「道」、つまり、それまでに学んできた生き方による―。教育の大切さを説いています。

 近年の教育環境を心配しています。昔は学校に加えて、家庭と地域での教育がバランス良く行われていました。大家族で祖父母からもいろいろと教わり、近所の人との関係も濃かった。

 今は核家族化が進み、地域の人とのつながりも希薄になりました。たとえば電車の席を高齢者に譲るといったような、当たり前だったはずの営みすらも教えられていないように思います。

 いじめが陰湿になっているのも心配です。スマートフォン上の交流サイト(SNS)でグループをつくって、大人の目の届かないところで嫌がらせをする。表に出にくいので、被害を受けた子どもが、より追い詰められているようです。スマホは私たちの生活を非常に楽にしてくれましたけど、その使い方を間違えると悪いようになってしまう。

 お大師様がおっしゃる教育の大切さを、今あらためて心に刻むべきだと思うのです。

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現代の技術で銅製の灯火台

 空海が修行でたいた護摩の残り火で、その後約1200年にわたり燃え続けているとされる「消えずの火」。大聖院が弥山頂上付近にある霊火堂で守り続けている。自然の木を足し続ける従来の炉に加えてことし5月、堂内に銅製の新たな灯火台が加わった。蝋(ろう)を燃料に安定的に火をともし続ける。

 空海生誕1250年を前に、大聖院と宮島観光協会などでつくる実行委員会が進める記念事業の一環。灯火台の直径と高さは約20センチ。デザインと制作は、自動車メーカーのマツダが担った。吉田座主は「自然の木で守る営みも継続するが、末永く火を絶やさず継承していく上で現代の技術による支えはありがたい」と話す。

 記念事業は他に、紅葉のライトアップイベントや映画上映会など多彩な催しを来年にかけて相次いで計画している。

(2022年10月24日朝刊掲載)

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