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旧満州開拓団に反戦誓う 世羅で4年ぶり慰霊祭

 世羅郡出身者が中心となり旧満州(中国東北部)へ入植した開拓団の慰霊祭が23日、世羅町甲山であった。開拓団の子どもたちでつくる「二世の会」が4年ぶりに開催。約20人が参列し、反戦の思いを新たにした。

 今高野山にある犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑の前で営まれた。体調を崩して欠席した大工谷博旦会長の追悼文を、会員の福場彰夫さん(74)が代読。「ロシアによるウクライナ侵攻のような戦争があってはいけない。子どもや女性、老人が被害者になる」と訴えた。

 世羅郡からは、1939~45年に県内で5番目に多い約800人が旧満州に渡った。終戦後、旧ソ連や現地の人から襲撃を受け、シベリアで強制労働させられた人もいた。旧満州にあった第二世羅村では51人が集団自決を選ぶなど、約200人が日本に帰れず亡くなった。

 参列した稲田チドリさん(88)は、7歳で満州に渡り、終戦後は食糧難から毎日農作業を手伝った。日本への帰路では、屋根のない貨物列車で雨に打たれながら3日間過ごした。帰国途中で亡くなる人が多かったことも覚えている。「嫌な記憶ばかりではない。ただ、旧ソ連兵が家に土足で上がり、押し入れの中の衣服を略奪するのは怖かった」と話していた。(矢野匡洋)

(2022年10月24日朝刊掲載)

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