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連載・特集

中国新聞「読者と報道委員会」第62回会合 詳報

今を見つめ 明日へつなぐ

 中国新聞の報道に社外の有識者が提言する「読者と報道委員会」の第62回会合が12日、広島市中区の中国新聞ビルであった。広島大大学院人間社会科学研究科教授の森辺成一さん(64)、弁護士の平谷優子さん(52)、NPO法人尾道空き家再生プロジェクト代表理事の豊田雅子さん(48)の3委員が、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の報道や今春新設した編集委員室の取り組み、今年の新聞協会賞に決まった写真連載「太田川 恵みと営み」をテーマに編集局幹部たちと議論した。(司会は高本孝編集局長)

NPT再検討会議

焦点 理解深まった 森辺さん

「橋渡し」大事な視点 平谷さん

英訳発信 意義深い 豊田さん

  ―NPT再検討会議は最終文書を採択できず、2回続けて決裂しました。取材、執筆に当たっては被爆地広島の視点を意識しました。
 森辺さん ロシアがウクライナ侵攻で核兵器を使用すると威嚇している中、力を入れて国際的な動きをフォローした意義は深い。(開幕前に)全体の見通しを示す記事が出たことで、理解が深まった。主な論点を見やすくまとめた記事もあり、会議の進行状況や焦点が分かりやすかった。あえて言うなら国際会議で非政府組織(NGO)が与えている影響についても示してほしかった。

 平谷さん 刻々と動く内容は読み応えがあり、迫力ある記事がたくさんあって興味深く読んだ。最終的にはロシアが(最終文書案を)拒否したが、核保有国の利害の綱引きがあり、ロシアだけの問題ではないことがずっと書かれていた。岸田文雄首相は(保有国と非保有国の)橋渡しをすると言うが、どうやってするのかという点を捉えた記事は大事な視点だった。保有国と水面下での折衝を尽くしたオーストリアにできて、日本にできない理由を明確に整理しても良かったのではないか。

 豊田さん 随時、掲載されたコラム「記者のつぶやき」や閉幕後の歴代記者座談会を読み、記者に親近感が湧いた。ヒロシマ平和メディアセンターのサイトに記事を英訳して発信しているのは非常に意義がある。海外の子どもたちに勉強で活用されれば、未来に希望が持てる。来年は広島市で先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれ、広島の地から発信することが多くなるので楽しみだ。

編集委員室新設

連載に救い感じた 森辺さん

考える材料くれる 平谷さん

現実直視の機会に 豊田さん

  ―3月に発足しました。社会の動きに対応し、背景を深く掘り下げた記事を目指しています。幅広いテーマに光を当て、書き方や見せ方も工夫した発信ができるよう努めています。
 平谷さん 社会の大きな動きを示しつつ、私たちに考える材料をくれる記事が多いと感じる。例えば受刑者の高齢化問題を扱った尾道刑務支所のルポ。刑期を終えた人といかに共生するか、社会全体で考える必要があり、真正面から取り上げた意義は大きい。

 他部署の記者との連携による「ウクライナ侵攻 被爆地の視座」も勉強になった。学者、活動家など多様な立場の人の知識と経験に基づく言葉は、メモを取りたくなる内容ばかり。両被爆地の平和研究所トップの座談会の記事も良かった。化学変化が起きるような仕掛けに今後も期待したい。

 豊田さん 参院選に合わせた連載「あしたへの疑問」は、とても分かりやすかった。「子どもを産んで大丈夫ですか」「日本は戦争しませんか」など、誰もが抱きそうな率直な疑問が挙げられ、見出しに引かれて記事を読み込んだ人も多いのでは。身近な人々の不安が赤裸々につづられ、読んでいてつらくなる内容も多いが、現実を正面から受け止め、自分ごととして考える機会になった。

 森辺さん 読んで救いを感じた連載もある。小説「恍惚(こうこつ)の人」刊行50年に合わせ、認知症ケアを扱った企画だ。小説の引用や今の状況を交互に出した手法がいい。認知症ケアの方法が分かってきたこと、不十分ながら社会的な支援体制ができたこと、当事者の苦しみを知ろうとすることの大切さ…。50年間に進歩したことや今なお残る課題がよく分かった。

写真連載「太田川」

躍動する生物 感動 森辺さん

心洗われる感覚に 平谷さん

見てわくわくした 豊田さん

  ―「太田川 恵みと営み」は全長103キロに及ぶ太田川とその流域の四季を追った写真連載です。2020年冬から21年末までプロローグ、総集編を含め25回にわたって紙面に掲載。ホームページ「中国新聞デジタル」では動画と多数の写真を公開しました。
 豊田さん 見てわくわくする記事だった。一つの川をたどることで、魚や野鳥、カニなどいろんな生物がいて、地域の活動もあることがよく分かった。豪雨災害もあり、川は怖いイメージになりつつあるが、人の生活を豊かにしてくれるものだと伝わってきた。

 森辺さん 写真が息をのむほど美しい。四季を通じた風景、一日の中でも朝昼夕夜の時刻を捉えた写真があり、工夫されていた。特に生き物が躍動していて感動した。文章が説明的な回もあったが、人と自然の営みを深く紹介していて、素晴らしい連載だった。

 平谷さん 子どもの頃から自転車で猿猴川の橋を渡っていた。古里といえば「太田川」という感じだったが、こんなにきれいだったかなと思ったほど。ドローンはもちろん、ヘリコプターによる空撮が美しかった。ウェブで見た動画も心が洗われる感覚を覚えた。

もりべ・せいいち
 1958年大阪市生まれ。名古屋大大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。広島大法学部教授、大学院社会科学研究科教授を経て2020年から大学院人間社会科学研究科教授。専門は日本政治史。著書に「道州制―世界に学ぶ国のかたち」(共著、成文堂)など。三次市行政チェック市民会議会長、広島市明るい選挙推進協議会会長。広島市東区在住。

ひらたに・ゆうこ
 1970年広島市安芸区生まれ。広島大大学院社会科学研究科博士課程前期修了。98年弁護士登録。離婚や親権、ドメスティックバイオレンス(DV)、児童虐待などの事件を担当。広島県教育委員会教育委員、広島弁護士会副会長などを歴任し、日弁連子どもの権利委員会幹事。NPO法人理事として子どもシェルターの運営に携わる。広島市在住。

とよた・まさこ
 1974年尾道市生まれ。関西外国語大外国語学部卒。旅行会社添乗員として各国に渡航。帰郷後、古民家(現尾道ガウディハウス)を購入し、改修に着手。尾道空き家再生プロジェクトを設立し、2008年NPO法人化し代表理事に。ゲストハウスなどを運営、市の空き家バンク事業も受託して移住者を受け入れる。尾道市総合戦略評価委員。尾道市在住。

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編集局から

核巡る情勢 強い危機感

 ウクライナに侵攻したロシアが「核の脅し」を繰り返す中、8月に米ニューヨークの国連本部で開かれたNPT再検討会議は、当初から難航必至の情勢だった。残念ながら、核軍縮の方策を盛り込むはずだった最終文書を採択できずに決裂し、強い危機感を抱いている。

 会議では、ウクライナ侵攻を巡って米欧とロシアの応酬が続いた。最後はロシアが加盟国の合意形成を阻んだ形だが、核軍縮に消極的な他の核兵器保有国の姿勢も見逃せない。最終文書案から核兵器禁止条約に関する記述をそぎ落とし、核兵器の「先制不使用」宣言を各国に促す文言も削った。非保有国の不満を高め、保有国自らがNPT体制をきしませている。

 閉幕後、ロシアは核兵器による威嚇を強めている。核兵器も戦争もない世界を願うヒロシマの声の発信へ知恵を絞りたい。(報道センター社会担当・岡田浩平)

小さな声への感度磨く

 記事の署名に「編集委員」という肩書が付く。その重みを日々かみしめている。やはり、確かな説得力が求められるだろう。時流を読み、俯瞰(ふかん)する目も問われる。私自身、持てる力を総動員し、苦悶(くもん)しながら一本一本を書いている。

 今回は四つの企画・連載を取り上げていただいた。ロシアによるウクライナ侵攻を受けての報道は、積み重ねてきた原爆平和報道の成果と言える。尾道刑務支所のルポは時間と根気が要る取材だった。今後も編集局の他の部署や支社局と連携して、多彩なテーマに光を当てていけたらと思う。

 経験や知識は必要だし、伝える技術もあった方がいい。でも記者として何より大切なのは、小さな声にも反応し、心を動かす感受性だろう。中堅以上の集団ではあるが、そんな原点を忘れずに感度を磨いていきたい。(編集委員室長・木ノ元陽子)

古里の営み撮り続ける

 都市部でのアユの群れの産卵、広島県内最高峰の恐羅漢山頂の樹氷群、朝日が差し込む「井仁(いに)の棚田」…。太田川の四季は優しさと厳しさをまとっていることをあらためて感じる。

 連載は、相次ぐ災害や新型コロナウイルス禍で閉塞(へいそく)感が漂う中、身近にある川と流域に住む人たちの暮らしを見つめ直そうと始めた。水中カメラやドローンなど多彩な手法を駆使し、折々の表情を記録した。

 25回を数えたシリーズでは、デジタル展開にも力を入れた。ホームページでの動画もぜひご覧いただきたい。皆さんが思っている以上に美しい、太田川の姿がそこにあるはずだ。

 新聞協会賞の授賞理由では「読者にふるさとの魅力を再発見させた」と評価していただいた。これからも自然の恵みと人々の営みにレンズを向けていきたい。(報道センター映像担当部長・小林正明)

(2022年10月23日朝刊掲載)

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