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社説・コラム

天風録 『小さな現実』

 来日したヒラリー・クリントン元米国務長官の講演をオンラインで聴いた。戦禍にあるウクライナのゼレンスキー大統領夫人オレナさんに何が必要かを尋ねると「新生児用の集中治療室の機器と妊婦の医療支援」と答えたという▲この戦争の本質がよく見えると言うクリントン氏に、深くうなずいた。侵攻したロシアは8カ月間、民間人まで標的に卑劣な国際法違反を重ねる。今月半ばにはウクライナ全土のインフラ施設にミサイル攻撃を始めた▲発電所の3分の1が破壊され、空襲警報が鳴り続ける。現地発のSNSを見てみた。計画停電で暗がりに沈む街を映し、「冷静だ」とつぶやいていた。防空壕(ごう)に逃げた児童たちがヒット曲を歌って恐怖をやりすごしている。日常を失うまいとする姿に胸が締め付けられる▲遠い日本に住む私たちは、戦況や独裁者の言動といった大きな話にばかり気を取られていないか。一つ一つの小さな現実を見逃していないだろうか。戦争に暮らしが巻き込まれた市民から見えるものがあるはずなのに▲厳しい冬が近い。現地から暖房器具や発電機、インフラ復旧の支援を求める声も届く。何が必要なのか。尋ねることをやめてはならない。

(2022年10月27日朝刊掲載)

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