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社説・コラム

『想』 西村繁男(にしむらしげお) 広島から2冊の本

 最近、広島の友人2人から2冊の本が送られてきました。1冊は「原爆納骨安置所を守り続けて 佐伯敏子さんの証言」。ヒロシマ・フィールドワークを主催する中川幹朗さんが、2017年に亡くなった佐伯さんを追悼するために出した本です。

 佐伯さんは平和記念公園にある原爆供養塔を掃除し、そこに眠る引き取り手がない遺骨を遺族の元へ返す活動を続けた方です。私が佐伯さんと出会ったのは、28歳だった1976年、遺骨箱が安置された納骨安置所の中でした。以来、佐伯さんから大切なことを教わりました。

 佐伯さんの話される意味を考え続ける中で、スローガンではないヒロシマ、原爆、平和を考えるようになりました。「広島に歳はないんよ、あの日のまんま」。佐伯さんの言葉です。原爆で亡くなった方は、今も当時の歳のままだし、平和記念公園の下には街の瓦礫(がれき)が埋まったままです。私は佐伯さんの言葉の意味を、「とにかく広島を風化させてはいけない」というメッセージだと捉えました。

 ある日、佐伯さんが修学旅行生に話す姿を見て、佐伯さんは今でも、燃え盛る街で肉親を捜し歩いているのだと気付きました。被爆した方は、あの日をずっと抱えているのです。佐伯さんの言葉は「五〇年経(た)とうが、一〇〇年経とうが、この世界の中で、人間を殺す道具があるかぎりは、広島に歳をとらせないでください」と続きます。

 もう1冊は「次世代と描く原爆の絵」。この本は基町高が発行した画集です。「生徒たちは証言者の被爆体験を聴き、想像を絶する光景をどう描くのか悩みながらも、資料を集め、証言者と何度も打ち合わせを行い、約半年から1年かけてこの『原爆の絵』を描きあげました」とあります。

 被爆者とじっくり向き合い、証言者の体験にどこまで近づけるか迷いながら誠実に絵を仕上げていく。貴重な体験は、若い人にとって大きな宝となるでしょう。そしてこの取り組みは、被爆体験のない世代がヒロシマを伝えていく上で大切なことを教えてくれます。(絵本作家)

(2022年10月29日朝刊セレクト掲載)

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