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社説・コラム

社説 米核戦略の新指針 廃絶への歩み止めるな

 米国が、バイデン政権では初めて核戦略の指針「核体制の見直し(NPR)」をまとめた。

 当初は、核兵器の使用を敵からの核攻撃阻止や反撃に限定する「唯一の目的」宣言を検討していた。しかし中国が近年、核兵器を含めた軍備増強を進めているのに加え、ロシアが今年2月、ウクライナに侵攻し、核兵器使用の脅しをかけているのを受けて、方針転換した。

 確かに世界の安全保障環境は急速に悪化している。ウクライナを巡るロシアの横暴は度を越している。中国は習近平共産党総書記が「1強」体制を整え、台湾への武力攻撃をちらつかせている。周辺国などに不安が広がるのも無理はあるまい。

 だからといって、「核兵器のない世界」への歩みを止めてしまうことは許されない。人類が存在し続けるため、必要不可欠なことだからだ。

 新たなNPRは、核抑止力を「米国の最優先事項」と位置付けた。中国やロシアなどの脅威に対処するため、日本や韓国、欧州各国をはじめ同盟国への「核の傘」を強化するという。

 これでは、核軍縮にそっぽを向き、同盟国も振り回したトランプ政権時代と、大筋では代わり映えがしない。

 むろん、前政権の進めた海洋発射型の核巡航ミサイルの開発計画を中止するなど、核兵器の役割を減らそうとする姿勢は、評価に値する。

 そもそもバイデン大統領は「核なき世界」を掲げたオバマ政権で副大統領を務めていた。その後も再々、核兵器の役割限定に強い意欲を示してきた。

 うなずける考え方である。核兵器に核兵器で対抗しようとしても安全は得られない。果てしない核軍拡競争に陥りかねず、かえって危うさが増すだけだ。

 NPRが土台にしている抑止力は互いに理性的な判断ができることが前提だ。ブレーキ役のいない専制的な国家と向き合う際にも有効なのか。疑念が拭えない。人類の自滅に突き進んでしまう恐れさえある。

 核兵器が実際に使われた広島と長崎の惨状を知るべきである。都市は壊滅し、女性や子どもといった非戦闘員が多く犠牲になった。非人道的な兵器であることは疑いようがない。

 だからこそ、核兵器の使用はもちろん、保有や威嚇、開発も含めて、全てを禁じる核兵器禁止条約が生み出されたはずだ。核兵器保有国は背を向けてきたが、世界の多くの国々や人々の支持があったから発効した。

 理解し難いのは、日本政府の対応だ。NPRの打ち出した核抑止力強化方針を「強く支持する」とした。被爆地選出の岸田文雄首相が掲げる核兵器廃絶と矛盾しているように映る。

 日本政府は、オバマ米政権が核の先制不使用を検討した時も反対した。当時の安倍政権と同様、「核なき世界」を掲げているのは形だけなのか。それとも、被爆地の立場に立って本気で核兵器廃絶を目指すのか、岸田首相が問われている。

 その試金石になるのが、自ら開催地を選んだ来年5月の広島サミットだろう。被爆地を訪れる米国や英国、フランスといった核兵器保有国の首脳たちに、核兵器廃絶こそ人類を救う道だと、どうやって理解させるのか。それが、ロシアや中国を説得する足場にもなるはずだ。

(2022年11月2日朝刊掲載)

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