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社説・コラム

天風録 『厳戒とおもてなし』(2023広島サミット)

 江戸後期の平戸藩のご隠居、松浦(まつら)静山は庶民の気持ちが分かる殿様だった。200年前から書き続けた随筆「甲子夜話(かっしやわ)」にこんな小話を引く。さる将軍が浅草寺に「御成(おなり)」の折のこと。なぜか普段のにぎわいが消えている▲食べ物の店も、芸を見せる小屋も目障りだと引き払わせた―。お付きの者からそう聞いた上様いわく「いつか御成のない日に来よう」。よくできたオチだ。本当に世間で語られたとすれば、しゃれ者の江戸っ子らしい▲開幕まで200日を切った広島サミットも、水も漏らさぬ警備が想定される。世界から集う7人の「将軍」たちをどう守るか。元首相銃撃事件以来、緊張感は格段に高まっているはずだ▲身の安全だけ考えれば人と接触させない方がいいのだろう。だが同行者や報道陣も一緒に「オール広島」でもてなす備えは進む。お好み焼き試食に熊野筆の贈呈…。さまざまな場面が頭に浮かんでくる。厳戒とふれあいの折り合いが、何とか付けば▲期間中、市民に少々の不便も生じようが外に出るな、店を閉めろとは言われまい。遠来の人たちには普段着の街と広島っ子の笑顔をしっかり見てもらいたい。サミットがなくても来たいと思うほどに。

(2022年11月4日朝刊掲載)

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