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社説・コラム

『潮流』 女性専用車両と黒髪

■ヒロシマ平和メディアセンター長 金崎由美

 慌ただしい朝、面倒になると長い髪をヘアゴムで引っ詰めにする。髪形を気にせず済むのは楽である。同時に2011年に見た光景をいまだに思い起こす。

 同年6月、イラン外務省が主催する軍縮・不拡散に関する国際会議に発表者として招かれ、首都テヘランに滞在した。道路が渋滞すると、強烈な排ガスで目や喉が痛む。ペルシャ料理は美味ですっかり気に入ったが、厳格なイスラム体制の国でビールはお預け。初めての経験ばかりだった。

 一日中スカーフで髪を隠して過ごすのも初めてだ。「サウジアラビアですら異教徒の外国人には強制しないのに」と誰かがぼやいていたが、正直なところ抑圧的な気分だけでなく「髪を隠せるのは楽」という思いも湧いた。もっとも、数日後にはスカーフをかぶらない自由を選択できるという前提があってこそだろう。

 市内観光に出ようとしたら、監視のためか政府職員が執拗(しつよう)に専用車の利用を勧めてくる。固辞してタクシーで市街地へ移動し、地下鉄に乗った。きれいで近代的だ。女性一人で男性のいる普通車両を利用することは禁止かも、と用心して女性専用車両に乗車した。

 そこは別世界だった。束ねたブラジャーや菓子袋を掲げ、叫びながら売り歩く人たち。これが意外と売れていた。おしゃれな女性は、つむじから後ろだけスカーフで覆っている。黒髪をさらし、スカーフを整える人も。「箱」の中の活気に圧倒された。

 イランで今、風紀警察に拘束された女性の死を引き金に「反スカーフデモ」が拡大している。治安当局による弾圧は苛烈さを増す。

 圧政下に置かれてきた一人一人の人権問題である。自由な選択が「箱」の外にわずかでも広がるよう、「世界は見ている」と声を上げたい。女性への抑圧という問題自体は、日本にも決して対岸の火事ではない。

(2022年11月3日朝刊掲載)

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