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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊 読書週間スペシャル] 戦争のリアル 漫画で感じて

人間の本質あぶり出す

 読書の秋。9日までは読書週間である。ことしの標語は<この一冊に、ありがとう>。普段は「平和」を考える書物に手が伸びない向きも、親しみやすい漫画本なら、「この一冊」に出合えるかもしれない。

 くしくも11月3日「文化の日」は「まんがの日」だったそうだ。日本の一大文化ともいえる漫画を記念する日として手塚治虫(1928~89年)の誕生日に合わせ、20年前に日本漫画家協会などが制定した。

 敗戦からこれまで、戦争が描かれた漫画は数知れない。今回は今も読み継がれる、21世紀に刊行された本を中心に、日本の戦争にまつわる作品の一端を見る。

 世代を超えて読み継がれる漫画といえば中沢啓治さん(1939~2012年)「はだしのゲン」が真っ先に浮かぶ。汐文社刊行の単行本(全10巻)は今も増刷を重ねる。

 私も息子たちの書棚から借りて読み返してみた。原爆の残虐性のみならず人間の本質をあぶり出すような描写に胸がかき乱された。被爆で一変した生活、人々の割り切れなさ…。敗戦後の空気も伝わって来た。

 中沢さんは「ゲン」以前にも原爆を題材に作品を発表している。核や戦争を描いた漫画は、50年代から既に手塚ら日本を代表する漫画家の手で世に送り出されてきた。「原水爆漫画コレクション」(平凡社)など近年刊行の選集で、彼らが筆に託した熱量に触れることができる。

 長崎での体験を若い世代に伝えながら「今」の被爆者の思いを、社会風刺の4こま漫画で描き続けた人もいる。先月94歳で亡くなった西山進さん。8月に出版された「おり鶴さん」(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))は日本被団協の機関紙での40年余にわたる連載から335作品を収めた一冊。「地獄のような苦しみをほかの誰にもさせてはいけない」と核廃絶を訴えてきた被爆者の声の重さをあらためて思う。

 歳月を経て戦争体験者が少なくなる中、戦後世代が現代の視点から、親や祖父母世代の体験を描いた作品も増えている。ことし刊行された「あの日、ヒロシマで」(みらいパブリッシング)は、祖母の被爆体験などを漫画にしネットで公開してきたさすらいのカナブンさんの作。5年前100歳で他界した被爆医師肥田舜太郎さんらの体験を収める。06年の刊行から版を重ねる、ごとう和さん「生きるんだ ヒロシマから 今 いのちのメッセージ」(秋田書店)は複数の被爆者らに取材し二つの物語に編んだ。直接の証言に頼らず、フィクションを交えた作品は、死者の声や語られぬ記憶をもよみがえらせることができよう。

 こうの史代さん「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」(双葉社)も好例ではないか。被爆者たちが「あの日」だけではなく、その後をどう生きたのか―。今と地続きの過去がリアリティーを持って見えてくる。

 少女を主人公に、戦争の暴力を幻想的タッチで表現するのは今日マチ子さん。長崎原爆が題材の「ぱらいそ」(秋田書店)、沖縄戦を描いた「cocoon」(秋田文庫)は「無垢(むく)な被害者」として捉えられがちな少女を美化しない。多面性を持つ普通の人間として描く。

 「凍りの掌(て)」(小池書院)で父のシベリア抑留体験に迫ったおざわゆきさんは、「あとかたの街」(全5巻、講談社)で母の体験を軸に名古屋空襲に光を当てた。食べ物や人間関係など日常生活の延長線上にあった戦争の姿や、焼夷(しょうい)弾にさらされる市民の不安を読者に追体験させる。こうの史代さん「この世界の片隅に」(全3巻、双葉社)がそうだったように、市井を描いた作品は読者に身近で、想像力が及びやすいのかもしれない。

 一方、実感が湧かない戦場をリアルに知らせてくれるのが、戦記物とはひと味違う、兵士が主人公の作品。武田一義さんの「ペリリュー 楽園のゲルニカ」(全11巻、白泉社)は太平洋戦争で米軍の猛攻に遭い、日本軍が壊滅したパラオ諸島ペリリュー島が舞台である。一兵卒の目線から生と死が紙一重の戦闘と敗残を伝える。愛らしいタッチで描かれた登場人物とは裏腹に、史実を踏まえた筋立ては重い。一人一人の兵士の心の動きも丁寧に描かれ、彼らは私たちと同じ生身の人間だという当たり前に気付かされる。

 そんな現実をこれでもかと突き付けるのが、小林よしのりさん「卑怯(ひきょう)者の島」(小学館)である。映画のような英雄は出てこない。描かれるのは戦場で死におびえる若者の心理だ。読むほどに「もしそこに自分がいたら…」と足がすくむ。こうした兵士を題材にした作品は、戦後日本社会のありようも問うており、考えさせられる。

 魚乃目三太さん「戦争めし」(秋田書店)山田参助さん「あれよ星屑(ほしくず)」(KADOKAWA)などもそれぞれの切り口で戦争を今に引き寄せる。

 敗戦から77年余りたち、遠く隔たった向こう側にあるように見える歴史の教訓。今と変わらない人間の姿を描いた漫画は、その距離を少し縮めてくれる。

これも!

 抑制した表現で長編小説のような味わいを醸すのが、20年に日本語版が刊行されたキム・ジェンドリ・グムスク作、都築寿美枝・李呤京(リリョンギョン)訳「草」(ころから)。旧日本軍の慰安婦にされた女性の人生を描く。単なる過去の再現ではなく娘世代である作者が取材する様子と、主人公の体験が、入れ子のように描かれる。非当事者が他者に寄り添い、建前ではない「語り」に迫る物語。戦時性暴力を外交や政治の文脈に押し込めず、尊厳の問題として示す。

(2022年11月7日朝刊掲載)

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