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連載・特集

緑地帯 野木京子 詩という友達と私②

 2020年7月に、熊本県八代市坂本町が集中豪雨の大きな被害を受けた。球磨川が氾濫するニュース映像を信じられない思いで見詰めた。災害にあわれた方たちを思い、辛(つら)くてたまらなかった。坂本町(旧八代郡坂本村)は私が生まれたところなのだ。とはいえ生後10カ月のときに家族で上京したので、生地の記憶はない。

 坂本村では、2番目の兄が3歳で亡くなっている。私が生まれる前のその日のことを、私が物心ついたときから母は毎日毎日話していた。幼い兄は病気になり、川向こうで救急車が待機していたけれど、台風が来て球磨川が増水し、渡し船で川を渡ることができなかった。まだ橋がなかったから。兄は朝方息を引き取ったという。

 私が育った家庭は、母が毎日話し続ける、死んだ兄を中心に回っているようなところがあった。それが普通だと思っていたので、少し大きくなってから、よその家庭はそうではないことを知ってびっくりした。

 小さな頃から、私はお仏壇の中にいる兄とお話ししていた。死んだ兄と毎日対話していたのだ。ここにはいない子どもについてと、ここではない場所についてよく思い浮かべていた。それが私の詩の原点かもしれない。

 私の詩には、名前のつけようもない、どんな存在なのかよくわからない、小さな生きものがしばしば登場する。陸のものとも、海や川のものともわからない。遠い宇宙から来ているもののようにも思える。詩とは、そういう異界に存在するものに、ぎりぎりまで近づくことのようにも思う。(詩人=横浜市)

(2022年11月2日朝刊掲載)

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