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連載・特集

緑地帯 野木京子 詩という友達と私③

 「詩を好きになったきっかけは何ですか」と質問されたなら、子どものときにピアノを習っていたからと答えるだろう。

 子どもの頃から引っ越しが多かったので、転居する先々で母が新しいピアノの先生を見つけてくれた。小学生高学年から中学生にかけて埼玉県に住んでいたときは、山村信子先生にピアノを習った。これは私にとって大きなことだった。山村先生のご夫君が、児童書出版の理論社の編集者だったのだ(後の理論社社長の山村光司氏)。ピアノの課題曲が弾けるようになると、山村先生は理論社の本をプレゼントしてくださることがあったので、私は理論社の本を読みながら育った。

 6年生の終わり頃にいただいた本が「日本の愛の詩」だ。詩人の土橋治重氏(1909~93年)が選んだ詩のアンソロジーで、一応児童向けの体裁にはなっているが、中身は手抜きがなく、正攻法で詩に立ち向かっている。私はこの本を通して、萩原朔太郎や室生犀星や林芙美子などの近代詩を初めて読み、荒地派などの戦後詩も読んだ。なかでも私が衝撃を受けたのが宮沢賢治の「眼にて云ふ」で、賢治が病気で亡くなる少し前の詩だ。土橋さんはすごい詩を子ども向けの本に選んだものだと今でも感心する。血を吐いて死にそうな人が、「わたくしから見えるのは/やっぱりきれいな青ぞらと/すきとほった風ばかりです。」と言う。子どもだった私は心底驚いた。詩人ってなんてすごいんだろう。私も死ぬとき、きれいな青空と透き通った風を心の眼で見たい。本気でそう思った。(詩人=横浜市)

(2022年11月3日朝刊掲載)

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