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連載・特集

緑地帯 野木京子 詩という友達と私④

 「ジオジオのかんむり」という絵本が好き。詩人の岸田衿子さんがお話を書いた本で、読むと優しい気持ちの良い風が心に吹く。

 私は高校生の頃から、誰にも見せない詩を書いていたけれど、20歳を過ぎたとき、自分の才能のなさに絶望して詩をやめた。当時の私は、詩人というのはアルチュール・ランボーのように10代で才能を発揮して活躍しなければならないと思い込んでいた。どうしてそんな片寄った思い込みをしていたのだろう。とにかく、自分は詩人ではないからという理由で、詩をやめて、忘れようとしていた。

 30代になったある日、幼稚園連合会の保護者向け講演会の案内が届いた。岸田衿子さんの講演が隣の駅近くの公会堂で開かれるというのだ。喜んで出かけた。

 会場は室内だったのに、岸田さんが舞台にあがったとき、風がふいにすうっと動いた(ように感じた)。詩人が歩くと風が動くんだと私は驚いた。岸田さんのまわりだけ空気が変わったのだ。講演の内容以上に、好きな詩人を間近で見た感動が大きかった。

 一緒に帰ろうという友達の声を振り切って、ひとりで帰った。最寄り駅に着いたがバスはしばらく来ない。バス停前のコーヒーのチェーン店に入った。小さな椅子に座っているうちに涙がでて止まらなくなった。私にとって詩はとても大切なものだったのに、どうして手離してしまったのだろう。

 そして私はまた詩を書き始めた。その後は、詩がそばにいてくれているのか、私の方が詩にすがりついているのかわからないけれど、なんとか書き続けている。(詩人=横浜市)

(2022年11月4日朝刊掲載)

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