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連載・特集

緑地帯 野木京子 詩という友達と私⑤

 尾道の階段をのぼって千光寺山中腹にあるカフェ「帆雨亭」を訪ねたのは5年前。窓際の席で瀬戸内の海を眺め、お世話になった新井豊美さんを思い浮かべた。

 詩はひとりで書いていくものだけど、これまでの歩みを振り返ると、温かな手を差し伸べてくれた詩人たちへの感謝の気持ちでいっぱいになる。あのときあの詩人に出会っていなかったら、今の自分はどうなっていただろう。

 新井豊美さんにも言葉で言い表せないくらい助けていただいた。1935年、尾道市生まれ。2012年に難病で亡くなられた。すぐれた詩作を続けながら、たくさんの後進を励ました女性詩人だ。

 私は詩集として刊行するあてのないまま詩を書き続けた時期が長かった。広島市に住んでいたときも、第1詩集はすでに出ていたものの、次の出版へ進む道は見えなかった。その後横浜市へ転居したが、書きためた詩集一冊分の原稿をどうしたらよいか途方に暮れた。そんなとき新井さんが助けてくださったのだ。私は新井さんの導きで第2詩集に辿(たど)り着いた。

 没後10年の今年1月「新井豊美全詩集」が刊行された。私はその書評を詩誌に書くことになり、分厚い全詩集を2カ月毎日繰り返し読んだ。天上世界にいる新井さんが喜んでくれるような文を、と願いながら書いた。新井さんは4人姉妹の長女。一番下の妹さんが「帆雨亭」を開かれていると知り、5年前、横浜から訪ねたのだ。大好きだった新井さんに面影の似た妹さんにもお会いできた。お店の明るい窓辺を思い出すたびに、寂しさと感謝の気持ちでいっぱいになる。(詩人=横浜市)

(2022年11月5日朝刊掲載)

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